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2005年08月31日

辻村らしいって・・・

「デザインは誰かのために何かをすることです。」いつも僕が言っていることです。どんなときでもデザインするときは、(それが不特定多数の人達に向けてのものであっても)誰かのことを考えて創ります。しかし、「そんなことはどうでもいいから、辻村さんらしいいものを創ってくれ」と言われることがたまにある。自分自身ではあれがしたいこれがしたいというような創作に対する欲望があまりない僕にとって、一番苦手なリクエストである。
また、辻村らしいって・・・どんなモノだろう?と考える。自分はその時々のクライアントの為に創っているわけで、自分で自分らしいモノを意識してデザインしている訳ではない。いくつかの作品に共通するモノを僕自身ではなく廻りの人達が共通項として感じているモノが辻村らしいモノなんかじゃないかと思う。そしてそれは、人それぞれ印象の違うモノであっていいと思う。
でも、最近、自分自身が思う辻村らしいモノってなんだろうと客観的に考えてみるようにしている。

辻村 久信

投稿者 moonbalance : 09:44

2005年08月21日

砺波市美術館から金沢21世紀美術館へ

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砺波市美術館の橋本文良さんの誘いをうけて同美術館の『子どもの造形アトリエ』のワークショップに娘(小学校二年生)と参加した。
塗装の養生シートを丸めて筒状にして数百メートルにして、風を送り込んで膨らませるというようなもので、いたって単純なものだかこれがやりだすと暑さも忘れて子供だけではなく大人まで夢中になる。
途中巨大シャボン玉を作ったり、風船を膨らませたり、紙飛行機を飛ばしたりと盛り沢山で楽しんだ半日間だった。
それから午後は橋本さんに金沢まで車で送ってもらって、かねてから行ってみたかった『金沢21世紀美術館』を観た。勝手に辺鄙なところを想像していたので兼六園のすぐそばであまりに町中なので驚いた(後でいきさつを聞いてなるほどと納得)。
人のデザインをどうのこうの言える立場にないのでコメントは極力控えるが、すごくクオリティの低さを感じた。でもそれは酷評ではなく、庶民的というか、アイドル歌手的というか、ちょっと崩しのカフェブームというか、ヘタウマの世界というか、今までの美術館にないポピラリズムを感じた。
現代アートをどれだけの人が理解しているかどうか(実際現代アートは理解とかするものか?)解らないけど、たくさんの人達で溢れていた。美術館が町の人達の日常の場となっているのがよくわかる。
砺波市美術館のワークショップも金沢21世紀美術館もアートが日常のものとなって美術館が町の生活の一部となってゆくことは素晴らしいことだ。

辻村 久信

投稿者 moonbalance : 21:25

2005年08月19日

終戦記念日によせて

十年前の8月15日、僕はバリ島にいた。
二週間ほどの予定でバリ島にある(離島も含めて)アマンホテルをみてまわる旅をしていた。
図らずも終戦記念日を元日本の占領下にあった地で迎えることになる訳だけれど。それに気ずくのは町中の至る所に貼られている独立記念日を祝うポスターや垂れ幕等によってだった。そのショッキングな赤色に、なぜか反日のムードを勝手に感じ取って、なんだか肩身の狭い思いをしていた。
その時アテンドしてくれていた日系の女性にその事を話すと、僕の知らない終戦当時の話しをしてくれた。
そもそも17世紀以降オランダの植民地であったインドネシアを日本軍はそのオランダを追い出すかたちで占領下に治める。しかし、日本の敗戦が決定するや、再びオランダによって植民地下を目論む侵略が始る。それに抵抗したインドネシアの人達を決起させたものは、同じ小さな島国である日本が世界の大国を相手に戦った、結果敗れたにせよその現実だったという。
また敗戦後、帰還命令の出ていた日本軍兵士の約3割がインドネシアに留まりインドネシア軍としてインドネシアの人達と一緒に戦ったという。今もその時の何人かの元日本兵はこの地に残っていてインドネシア政府から独立の英雄として手厚く生活保護されているという。日本という国はかれらにとって英雄の国であり憧れなのである。

僕たちは戦争というものを話しの中でしか知らない。知識として知っているつもりでいる。しかしその歴史は一方的で偏見に満ちているように思う。
国によって、語る人間の立場によっていろんな側面があって、その見方はどれも真実である。
靖国参拝を非難する中国や韓国、それを肯定する日本政府もおなじで、唯一は広い意味でゆるしあう事ではないかと思う。
終戦記念日に思った事です。

辻村 久信

投稿者 moonbalance : 15:09