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2006年01月31日
椅子職人の橋本勝己さんのこと
椅子職人の橋本勝己さんが亡くなった。
二十年前、僕に椅子の作り方のいろはを教えてくれた親方だった。
木が好きで木のことがよく解っていて、ボンドを信じず"にかわ"を使い、一本のビスさえこだわり、自分で作っていた。
木の反る方向が解って組まれた椅子は、作られたその時よりも時間が経つほどにその強度を増す。それはもう今となっては伝説である。
仕事場に行くといつも椅子の話しを聞いて、息子と娘の自慢話しを聞いて、近所の"蛇の目"という寿司屋でご馳走になった。
いつも駆け出しのデザイナーの無理難題を「しゃぁないなぁ」と聞いてくれた。
橋本さんの作った椅子は、世の中にどのくらいあるのだろうか?
皇室をはじめ公の場にも数限りなくたくさんあるはずだ。
彼の偉大な業績に比べると、その葬儀はひっそりとおこなわれた。
盛大な葬儀がその人間の価値ではないが‥それは、あまりにも切ない葬儀だった。
もう二度とあの椅子は作れない。
残念な事に彼の意志も技術も継ぐ者はいない。
辻村久信
投稿者 moonbalance : 15:20
2006年01月28日
商店建築2月号

「商店建築」 2月号(商店建築社)
辻村が設計させて頂きました茶茶白雨 - ゆふだち -(東京・新宿)が掲載されています。
“「茶茶白雨」は、天井の低いこの限られた空間を内と外に分け、内は外を外は内を景色としてそれぞれの内に取り入れています。そうすることによって、そこに現れる関係性をデザインしています 辻村久信”(本文より)
投稿者 moonbalance : 18:43
2006年01月15日
『オラファー・エリアソン/影の光』展
東京でのスケジュールの合間に『オラファー・エリアソン/影の光』展を原美術館に観てきました。
原美術館に行くのは、さて20年ぶりの事でなんだか懐かしいというよりせつない感じがします。
「…影の光」というタイトルもさることながらとても魅力的な作品ばかりでした。
多分うまく解説する人はいるのでしょうが、僕には出来ません。出来ませんが、凄いということはわかります。お笑いに解説を加えるとシラけるみたいに、アートというものもそうゆうものと思います。
こうゆう衝撃的なものを体験すると僕の中に『種』として残ります。その『種』が芽を出す時もあれば、何処かに逝ってしまうときもあります。探そうとしてもみつかりません。どちらにしろ、どんな『種』だったかを思い出す事が出来ません。
投稿者 moonbalance : 20:49
2006年01月01日
明けましておめでとうございます。
十年一昔といいますが、今年は辻村久信デザイン事務所として十一年目の年、新しい十年の始まりの年になります。
10年前の4月29日、当時ナショップのライティングコンテストの最優秀賞でもらった賞金を元手に『京都/雪月花』で独立記念のパーティーを開いた。考えればこれが公には辻村久信デザイン事務所の創立記念日ということになります。実際はその年の2月にはリブアートを退社して、3月からはなんとなく事務所の看板をあげて仕事をしているということになるわけですが、実際はそう簡単にデザインの依頼もあるわけではなく、ただぼんやりと過ごしていたように覚えています。
当時、事務所は麸屋町通り二条を上がったところの路地の奥に三軒長家を借りて、それをひとつの空間に改装して使っていました。
朝は、犬の散歩から始まって一日中電話の前で「誰かからかかってこないかなぁ」と考えている内に夕方になり、また犬の散歩をして家に帰るといった毎日でした。今から考えればよく生活できていたと思います。
そのうち、暇を見兼ねた人達から仕事をいただき(震災の復興計画の一部だったと思います)、ひとつまたひとつと仕事をしている内にあっという間に十年経ったという感じです。自分から何かを仕掛けていくわけでもなく、コンペティションすらあまりしたことがなく、ただ現れる目の前の仕事に夢中になっているうちにここまできたきたように思います。結局、恵まれていたという事です。
さて、これからの十年も多分本質的には同じようにしてデザインしてゆくでしょうが、今年は原点に帰る年としてデザインの在り方、デザインの手法、デザインの意味を問い直し、今まで、とにかく吐き出したものを今度は整理してひとつづつ完成させて行く年にしたいと思っています。
『モノよりコト』この言葉は、僕がデザインというものを始めた頃よく思っていた言葉で、常にそのようなことを言っていました。カタチそのものではなく、そのカタチが生まれる過程、またそのカタチを取り巻く環境を含む関係性をデザインすることを重要と考えていました。今から思えば駆け出しの若造の戯言のようでもありますが、その事が自分のデザインの組み立ての原点になっているのは確かで、今になっては日本人のデザインの手法そのものでは無いかと思うのです。
★辻村久信
投稿者 moonbalance : 20:15


