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2010年02月06日
IFDA

IFDA(International furnishings and design association:www.ifda.com)の主催のデザイナーショーハウスが今日2月6日〜20日迄シーガルてんぽーざん大阪で開かれます。
デザイナーショーハウスは、約40年前アメリカで始まった歴史あるイベントです。
老朽化によって価値が損なわれつつある邸宅などに、インテリアデザイナーなどが個性あるデザインデコレーションで新たな命を吹き込み、これを一定期間一般公開します。
収益金は慈善団体などに寄付されるチャリティイベントであるため、デザイナーも運営ボランティアも来場者もデザインを通じてできる社会貢献に意義を感じることのできるイベントです。今回のショーハウスの収益金は、小児がん専門施設設立を目指すNPO法人チャイルド・ケモ・ハウスに寄付します。
「最愛の空間」というコンセプトでホテルの一室をデザインする。
何でもそうですがひとつの事を決めるのは大変難しいものです。大好きな食べ物ってなんですか?好きな色は?好きな服は?好きな場所は?どれもこれもその時と場合によって人は変わります。だから、これさえあれば大丈夫なんて言うものを持っている人ってある意味うらやましい限りです。
そこで、最愛の空間を考えるとき、結局、「空間を意識しない空間」というようにちょっと逃げ?て「景kei 」と名づける部屋をデザインしました。
レーザーカットで森の枝をイメージした薄い布を幾重にも重ねて、そこにあるべき壁の存在を消しています。また、葉っぱのテキスタイルデザインを京都の帯を織る技術で床に敷き詰め(このデザインはバスルームの床や衛生機器にもプリントされている。)、光りの差し込む角度によって見え方の変わる特殊な手法でその距離感を消失させています。
あくまでも、僕はホテルとして機能出来うる空間にリノベーションしましたが、残念ながら期間が過ぎると解体されてしまうようです。mottainaiことです。
デザイナーショーハウスのイベントの一環として、2月13日土曜日15時30分〜”最愛の空間—カフェのある老人ホームSARAの場合”というタイトルで講演させていただきます。入場料がかかりますが、チャリティーだと思ってぜひご参加ください。



最愛の空間 「景kei 」デザインコンセプト
「床の間の室礼や、借景という考え方に表される様に、空間に環境を取り込む感覚は“情緒”となって日本人の記憶の中に刷り込まれている。「最愛の空間」を考えた時、物理的な領域を規定しない想念の地平線を思い描きました。それは、現実の空間を飛び越えて、限りなく自由で、地球上で唯一束縛を受ける重力さえも軽減してしまう力を持っているのではないか。
幾つかの希薄な面が、それぞれに微妙な距離と角度を保ちながらその関係性を創っている。その単純な行為が、今そこにある空間を規定する領域を曖昧にして尚かつ劇的に変化させる。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 18:37 | コメント (0) | トラックバック
Top > 辻村久信 > あけましておめでとうございます " RE/再"
2010年01月06日
あけましておめでとうございます " RE/再"
1995年〜2010年、事務所を独立して15年になります。
創業100年のお店が新参者ですといわれる様な京都にあっては、15年なんてスタートラインにもたてていない様なものですが、ひと独りの人生の中ではかなりの永い時間を占めています。デザインを仕事にしてしまって、その仕事に追われて、知らず知らずのうちに流してしまった、流されてしまった事もたくさんあります。昨年はこの15年を振り返り、自分と自分のデザインについてずいぶん長く考えました。
今年は”RE/再”です。
Reduce(リデュース:減らす)/Reuse(リユース:再利用)/Recycle(リサイクル:再資源化)/Refuse(リフォース:不要なものをなくす)/Repair(リペア:なおして使う)/Remix(リミックス:再編集)/Rethink(リシンク:再考する)/Rental(レンタル:借りる)/Return(リターン:戻す)/Reform(リフォーム:改良する)/Rebuy(リバイ:買う)/Regeneration(リジェネレイション:再生品)・・・
REに関連する言葉はたくさんあります。すべてに通じる事は、今そこにあるものに人の手や技術、想いを加える事によって新しい価値を生み出す事のようです。
経済をはじめとする物質的な成長はもはや神話の様になってしまった現代において、人が人として生きていく事の豊かさを享受してく為には今迄に無い価値を創造しなければなりません。
私は、日本人が日本人固有の情緒を持ってそのミッションを達成するのではないかと思っています。そして、それは世界を巻き込んで新しい世界基準として新たな未来につながっていくと思っています。その日本人の情緒を表現するものは、もはやデザインという手法ではくくれない”術”かも知れませんが、”RE/再”を考察する事によって見えてくる何かが”思考の種”を蒔く行為になるのかもしれません。
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 09:26 | コメント (0) | トラックバック
Top > 辻村久信 > 仲佐猛さんの還暦のパーティーがありました。
2009年12月30日
仲佐猛さんの還暦のパーティーがありました。


仲佐さんの還暦を祝うパーティーがありました。
仲佐さん本人には、秘密に計画されました。僕もパーティーの発起人のお誘いを請けてお祝いに馳せ参じましたが、本当にたくさんの方々がお見えになっていました。この大勢の人達の笑顔に仲佐さんのお人柄が伺えます。
仲佐さんに初めて写真を撮っていただいたのは、芝浦の「食いしんぼ ままや」でした。1992年ですからずいぶん前になります。当時商店建築社の角田さんに紹介いただいて、清水の舞台から飛び降りる勢いでお願いしたのをおぼえています。それ迄あまり記録として作品を残す事をしなかった僕は、仲佐さんの写真をとおしてはじめて自分のデザインを作品として自覚した瞬間だったと思います。その後、常にデザインさせていただいたものに批評いただいたり、様々なメディアにご紹介いただいたり、叱咤激励していただいて今の僕があります。
たぶん、このパーティーの発起人になっている人を始めこのパーティーに来られているインテリアデザイナーは皆同じ様にお世話になっているに違いありません。
振り返って、自分が還暦になった時このようなパーティーは絶対にありません。人間の器が違います。
まっ、それ迄生きているかどうか怪しいものですが・・・。
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 18:14 | コメント (0) | トラックバック
Top > 辻村久信 > 喫茶芦島について
2009年12月25日
喫茶芦島について
来年の3月オープンを目標に京都で「喫茶店」をデザインしている。カフェでは無く、あくまでも「喫茶店」である。
現代の日本で巷に溢れるカフェは、様々に進化を繰り返しその業態自身の中でも様々に棲み分けされ、和風のものから多国籍のもの、ファストフードの様なものから地域性を持ったもの・・・「それは、バー?レストランでしょ」というものまで様々である。ふと見渡すと昔ながらの純喫茶と言われる様なものを見つける事が難しくなった様に思う。

芦島(葦島)=豊葦原中国(豐葦原中國 とよあしはらのなかつくに)
神々の住む天上世界である高天原と対比して、人間の住む日本の国土を指すと考えられる”豊葦原”は、豊かに葦の生い茂っている原の意で、日本国の美称である。この”豊葦原”を語源に持つ「喫茶 芦島」は、日本の新しい伝統となるべき喫茶スタイルの提案です。
100年喫茶店をコンセプトに時代が移り変わっても変わらない新しさと懐かしさを兼ね備えた空間を目指してデザインしています。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 19:09 | コメント (0) | トラックバック
Top > 辻村久信 > JCDデザインアワード 表彰式
2009年12月21日
JCDデザインアワード 表彰式
JCDデザインアワードの表彰式が恵比寿のSPAZIOでありました。審査員を代表して出席させていただきました。
我々デザイナーは、基本的に黒子でいつもプロジェクトの表舞台にでる事はありません。まして、大勢の人に拍手をもらう事もありません。
商業施設等をデザインするとその施設を利用する大勢の人達の幸せそうな雰囲気それが拍手と感じられたりする事はありますが///
2009年大賞を受賞されたのは、中村竜治さんの「ブロッサム」でした。中村さんは「空気のような舞台」でも金賞を受賞されています。凛と張りつめた湖面に小石を投げてその波紋が永遠に広がっていく様な///詩的な環境を作られるデザイナーです。最終審査で最後迄戦ったDesignEightの藤井信介さんの「中勢以」とはいろんな意味で対照的な作品です。審査の当時は、僕は「中勢以」に投票しましたが、その後何度も何度もこの事を考える度「ブロッサム」の詩的な力が僕を揺り動かしています。
結局人の心を動かす事がコミュニケーションデザインであるなら、”上手なデザイン”より”情緒のデザイン”の方が琴線に触れる様な気がしています。雪月花やキッスオブルミネッセンスを作っていたときの突き動かされる理不尽な迄の力を思い出しました。

投稿者 moonbalance : 12:25 | コメント (0) | トラックバック
Top > 辻村久信 > WA-Quの忘年会
2009年12月18日
WA-Quの忘年会
今年も忘年会の季節になってしまいました。いったい一年何をやっていたのだろうと、反省しきりです。
WA-Quの忘年会は、去年と同じ二条の”まる伊”さんです。まる伊さんは、錦市場にお店を構えておられる夏は鱧、冬はフグの魚屋さんです。リブアート時代にデザインさせていただいたお店です。20年近くたいへん大切に使っていただいています。
此処のフグ料理は、味/量/値段ともに日本一(という事は世界一)です。僕自身それほど河豚にはありがたみを感じる方ではありませんでしたが、此処の河豚料理にはすべてにおいて驚愕です。特に量です。様々な部位を使った、様々な料理がこれでもかとでてくるのですが、健常な身体で鍋迄いきついた事がありません。コースの前半戦で常に白旗を揚げながら戦っています。先日、芝田山親方が来られた時に「次からは、普通にして下さい」って言われたほど関取サイズの量なのです。
写真は、マラソンで30キロ地点でしょうか、焼きにかかろうとするところです。



(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 12:19 | コメント (0) | トラックバック
Top > 辻村久信 > 京都 緑水庵
2009年12月17日
京都 緑水庵
緑水庵(ryokusuian)のデザインコンセプト
水を縁に起する庵/此処にしかないもの、此処でしかない事
古代より音羽の山に滾々と湧き出る清水(せいすい)は、
豊かな庶民信仰の対象として多くの人を魅きつけている。
水は人と人を繋ぎ、人から人へ伝わって
此処にしかないもの、此処でしかない事を創りだす。
自然に手を加えていない様に見える無作為の美しさは
偶然の反復と整頓、不均質の質感の連続から長い時間をかけて完成に近づく。
清らかな湧き水が溢れる様に空間が立ち上がり、
清らかな湧き水に寄り添うように商いを成す。
継続は変化をも包括する包容力、すべては”水のゆくえ”のままに...
既に此処にあったような、坂の途中の茶店/緑水庵。
此処にしかないもの、此処でしかない事。
[清水坂 緑水庵の地鎮祭]
清水坂の途中に”緑水庵”と名づけた建築をデザインしています。
先日は既存の建物の解体も終わり、晴れて地鎮祭を迎える事ができました。
地鎮祭には、その土地の神(氏神)を鎮め、土地を利用させてもらうことの許しを得る事であると同時に、神を祀って工事の無事を祈る儀式であり、安全祈願祭と呼ばれることもあります。このような儀式は、昨今では省略されがちですが、人の営みの長い歴史の中で培われてきたその土地への畏敬の念を大切にする気持ちはとても必要な事で次の世代に継承していくべきものと思っています。
背中に染め抜きの屋号が記された長半纏を着た棟梁の後ろ姿から、敷地を越えて東山が見えます。
音羽山/清水のこの地に清い水が湧き出るがごとく人々の集まる豊かな場ができる事を念じて、この土地に建築させていただく事に感謝し、丁寧な仕事を積み重ね新しい歴史の基礎を築ける様心がけます。


(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 20:16 | コメント (0) | トラックバック
Top > 辻村久信 > シズル感
2009年11月04日
シズル感
元々は肉の焼ける「ジュージュー」という音の英語(sizzle)の擬音語であるそうですが、食品の美味しさを表現する魅力や価値の意味に使われる”シズル感”。
食品をビジネスにするインテリアデザインの場合もっとも要求されるのはこのシズル感ではないだろうか。
銀座あけぼのは米菓だけではなく、生菓子も販売している。この社内的には”朝生”と呼ばれる白玉まめ大福は、その上品な白玉粉の生地で包んだ豆の触感と小豆の甘さの絶妙なバランスでとても美味しい。この美味しさを表現する為に創られたのがこの白玉まめ大福専用のショーケースです。
この美味しさの奥にある、銀座あけぼのの素材へのこだわりと熟練の技、これからの伝統と成るべき深い思想、それに加えてこの白玉まめ大福の”シズル感”を表現する空間です。
大きな丸太を組む事で素材へのこだわりを、また亀甲彫りという技法で木に対する日本の伝承の技を
そして判中(ばんじゅう)を表現する事で、できたて感と郷愁を表現し、如何に見やすく買いやすく整理しやすいようにデザインしました。
正にこの白玉まめ大福のシズル感をバックアップする空間です。

投稿者 moonbalance : 16:21
Top > 辻村久信 > 「JCD KANSAIデザイナーズアクセス」 丸甲倉庫
2009年11月02日
「JCD KANSAIデザイナーズアクセス」 丸甲倉庫
阪急中津駅の横を走る、176号線の高架下にある丸甲倉庫の一部を会場にして「JCD KANSAIデザイナーズアクセス」が催されました。
関西を拠点にするデザイナーの中でもっとも活躍したデザイナーに与えられるライジングデザイナー、ベストデザイナーの各賞の発表をかねた大きなパーティです。
フレスコの足立さん野井さん間宮さん笈川さん(商店建築編集長)と僕とでトークバトル?をパネルディスカッション形式でさせていただきました。最近の仕事から次の世代のデザイナーへの提言まで、独特の関西のりのユルーイ話になりましたが、進行役の笈川さんはさぞ困られただろうなという感じでした。
結局、ありがちですが、その後の会場を抜け出した足立さんと野井さん間宮さん僕で酒場で話した内容の方が刺
激的なデザインの話になりました。70年代の大阪のデザインについてから、シンガポールの軍施設跡地の商業開発や中国の元(通貨)がアジアの共通通貨になる時の話まで、この場所での会話を隠し撮りして会場に流したらさぞかしショッキングだろうともう一人の僕は傍観していました。
会場になったこの高架下の丸甲倉庫は、ミラノサローネのスーパースタジオやトラトーナの様な倉庫街にも似た一種異様なおもしろい空間です。高架下という普段は人の眼に触れない非日常の空間がデザインの力によって人を魅き付け空間に力を持つ事になるのです。会場にはすごい人が集まり、大阪のパワーを見せつけられました。
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 16:30
Top > 辻村久信 > セブ島
2009年10月31日
セブ島
大学の学生達と一緒にセブ島に行ってきました。
セブ島は、家具のデザインさせていただいているASPLUND(アスプルンド/日本の家具メーカー)の工場があって、サンプルチェックや打ち合せで、隔年毎に行きますが、いつも空港とオフィスと工場を廻って帰るだけなので1泊2日のスケジュールですが、今回は大学のゼミの学生の研修旅行もかねて少しゆっくりとしたスケジュールになりました。
アスプルンドに無理を御願いして、籐製品、木製品、鉄製品、石製品の4件の工場見学させていただき制作過程を見せていただきました。
・AILEEN'S CRAFT MANUFACTURING/ BRGY.MACTAN,LAPULAPU CITY 6015 CEBU ,
・AXENT WOOD CORPORATION/CADI COMPOUND,HERNAN CORTES ST, BANILAD MANDAUE CITY ,CEBU
・JANICEMINOR EXPORT,INC/ CALAWISAN,LAPU-LAPU CITY MACTAN ISLAND,CEBU
・DETALIAAURORA,INC/ ZONE PALIYA,PAKNA-AN MANDAUE CITY6014 CEBU
工場といってもオートメーションの機械は無く、どの工場も基本的に手仕事が中心で、大勢の人が決められた作業を黙々とこなしていっています。ただ、昨年からの世界不況の影響でしょう、いつもより活気がなく、生産量そのものが減っているようです。
セブの工場ではいつも感じますが、「とにかく作ってみよう、その中から方法論を導きだそう」というプリミティブではあるけれどポジティブなモノ作りに対する思想には心現れるところがあります。創るものに形がある以上、モノ創りは結局フィジカルなものなのです。
モデュラーのアスプルンドのJYUNさんです。革製品の説明をしてくれています。
アスプルンドの佐藤さん、わざわざ出張のスケジュールを合わせていただいてアテンドしていただきました。ありがとうございます。
僕のデザインさせていただいているスツールの制作過程です。
いつも泊まるホテルはオフィスに近いマリオットですが、今回はマクタン島のこんなリゾートホテルに泊まりました。
チークの根っこをまあるく削っただけのオブジェクト。河井寛次郎の庭に転がっているような感じでしょう。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 15:36
Top > 辻村久信 > ソメスサドル
2009年10月26日
ソメスサドル
家具はヘルシンキの家具でしかもそこの特定のおばさん(?名前を忘れた)から必ず買うという人がいる。インターネットで世界中どこでも繋がれているご時世、わざわざその”場所”でその”人”にこだわって購入するという事はそれを欲しない人に取っては信じられない事だろう。しかし、そのクライアントにとっては家具を買う(デザインを買う)という行為は自分自身の思い出を作るという行為で、そのもの自身とそのものを取り巻く環境(事)を共有する事なのだと思う。(家具以外のなんでもないものはネット販売や100円均一で買われたりする)
ヘルシンキまでは行かないけれど、僕にも買う場所にこだわるものがある。革製品である。
昔は革製品が嫌いだった。生きていた頃の事を想像して気持ち悪くなるのだ。でも大人になってそれがひとつの製品となって意識から切り離されてからは少なからず持てるようになった。
何年か前から革製品を買うのはソメスサドルと決めている。ソメスサドルは北海道の砂川市にある。札幌から旭川までのちょうど中間地点、といってもどちらからも2時間近くかかると思う。札幌や旭川の仕事の折にちょっと脚を伸ばして たいした買い物をする訳でもないのに、今年も春と秋に2回も来てしまいました。
千歳空港から車を走らせて高速道路を降りてしばらく走ると、芝生を敷き詰めた平原に煉瓦を積み上げた外観に一棟一棟傾斜の違う屋根のシェーカー風の建築が並んでいる砂川ファクトリーが見えてくる。玄関には馬の銅像が建っている。まずこの景色がすばらしい。そしてこの環境の中で作られているものとそれに関わる人の空気が伝わってくる。このショールームはいつも静かで、ゆっくりとした時間が流れる。店の人も付かず離れずで製品について聞けば丁寧に製品の説明をしてくれる。この清楚な空気までも持ってかえれそうな気がするのです。
普段僕たちは、生活する場所にいながら、(金額は別にして)買おうと思えば世界中のどんなものでも手に入る時代ですが、結局、簡単に手に入ったものは大切にしない。ものがものとしてあるのではなく、そこに作られた者の想いとそれを使う者の想いというようなものが込められる事によって、ものを大切にするという感情が生まれてくるのではないかともうのです。ものを買う時の自分自身の状況(誰とどんなふうにして)も含めて思い出を僕はいつもソメス砂川ファクトリーで買って帰るのです。
実はそのソメスサドルのショップはmoonbalanceの青山事務所の裏にあるんですが・・・。

(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 16:13
Top > 辻村久信 > ALVOLO
2009年10月20日
ALVOLO
Brick Lane, London Old Truman Brewery ALVLO
ロンドンのイーストエンド ブリックレインのオールド・トルーマン醸造所近くにALVOLOはあります。
イタリア人のクライアントがロンドンでイタリアンのレストランを開業するのにデザインを日本人の僕が依頼されました。
彼らが依頼してきたのは、僕のデザインの丁寧さとさわやかさそしてクオリティの高さでした。そこには現象的な素材や形態などの日本のデザインはありませんでした。多くの海外からのオファーは和食店等、日本の(京都の)伝統と技を表現したデザインを要求されますが、ALVOLOではその事に付いて議論すらありませんでした。
日本のデザインが持っている表層的な事では無く、もっと根源的なところに琴線が触れるという事を彼らはしきりに訴えていました。
もちろん日本のデザイナーですから、どこかに日本のニュアンスはでるかもしれませんが、そんな事には関係なく非常にフラットな気持ちでイタリアンという空間に向き合う事ができました。何度か現地に脚を運んで、その場の空気からデザインを考えていきました。”愛情のあるカジュアリティ”と”健康的なホスピタリティ”を空間で表現する様にしました。
“富士山芸者”的な日本のデザイン、それはローカリティの表現のひとつかもしれませんが、思いやりやいたわりといったような日本人の精神そのものが世界のグローバルデザインになれば良いと思います.。ALVOLOのデザインで僕が考えた事です。



(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 18:16
Top > 辻村久信 > 清春白樺美術館/セザール・バルダッチーニの親指
2009年10月16日
清春白樺美術館/セザール・バルダッチーニの親指
何の前知識もなく学生達につれられるまま清春白樺美術館にいきました。
そこで出会ったセザール・バルダッチーニの親指。
その事がきっかけで、20代の頃の初めてのパリへの旅行を鮮明に思い出しました。
ポンピドーセンターのジャン・ティンゲリーやニキ・ド・サンファルは僕にとってのアートの先生みたいなものです。
デファンス、ポール・アンドリューの設計したグランダルシュ(新凱旋門)の脇のセザール・バルダッチーニの親指。
セザール・バルダッチーニは空間を意識したアーティストとして、僕の中に現代アートのインプリンティングの様に今も残っています。
ロン・アラッドやマイケル・ヤング、トム・ディクソンがジャンクアートとしてデザインを刺激していた80s、
きっと彼らに影響を与えたセザール・バルダッチーニは圧縮やら膨張やらを繰り返し、既に空間を凌駕しようとしていた様に思うのです。
デファンスの12mの迫力に欠けるけど、置き土産のような、マーキングのような清春白樺美術館/セザール・バルダッチーニの親指。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 09:44
Top > 辻村久信 > ぬくたちゃん/深喜毛織のベビーキャッシュ
2009年10月13日
ぬくたちゃん/深喜毛織のベビーキャッシュ


ブランケットに「ぬくたちゃん」と名前をつけて幼い頃から持ち続けている友達がいる。物心ついた時には既に側に居たそうで、大人になった今でも、その「ぬくたちゃん」に触れているとどんな辛い事があっても安心するようだ。伴侶は気持ち悪がって捨てようとするが、彼の逆鱗に触れ離婚騒動まで引き起こした事もある。呪物崇拝を語源に持つフェティシズム(fetishism)の一種と言ってしまうにはいささか度を過ぎているような気もするが、何か心の支えを持っている事はある意味うらやましくもある。もちろん、僕には彼の持っているような「ぬくたちゃん」はないし、その感覚というのは厳密に解らない。しかし、優しいものや柔らかいものに触れた時とても幸せな気持ちになる感覚というのは解る。深喜毛織のベビーキャッシュに初めて触れたとき、今まで経験した事のない柔らかさににまず驚かされる。同じ生き物と触れ合うようなシンパシー。次に暖かな空気、そう暖かな空気を纏っているような、そこにはモノそのものの存在感を忘れてしまい、暖かい空気だけがあるような錯覚さえ起こさせる不思議な力がある。子やぎの毛だけを選別し、確かな日本の技術で織り上げた逸品は、まるで「優しさの象徴」であるかの様に触れる事で幸せを感じる事ができる。もはや深喜毛織のベビーキャッシュは今迄のカシミヤというカテゴリーを超えた新しいものである。手に取って、肩にかけて、身体に巻き付けて・・・これは、僕にとっての「ぬくたちゃん」に成り得るものではないのか?と思っている。
(辻村 久信)
詳しくはこちらをご覧下さい。
SOU・SOU ベビーキャッシュ
投稿者 moonbalance : 10:29
Top > 辻村久信 > JCD DESIGN AWARD 2009/総評
2009年09月16日
JCD DESIGN AWARD 2009/総評

「買うこと」「食べること」「集うこと」「楽しむこと」「伝えること」「感じること」のカテゴリーに分けて募集されたJCD DESIGN AWARD 2009は、史上最高の459点の作品がエントリーした。一次審査を通過した100点を短時間に審査するのは結構大変な作業だった。それは、数枚のボードに貼られた切り取られた場面を審査するのではなく、その表現された”実の空間”を想像し、そこに存在するコミュニケーションの密度を読み解かなくてはならないからである。
一次審査を通過した100点の中でレストランのノミネートが少なかった事に軽い衝撃を感じた。僕たちの上の世代がDCブランドとインテリアデザインを進化させてきた様に、僕たちはダイニングレストランというジャンルと共にインテリアデザインの価値を表現させてきた世代でもあった。その世代が今、確実に感じているインテリアデザインの失踪感は、この現象に象徴され啓示を受けた様に思えて心が揺らいだ。もちろん、空間デザインの領域そのものが拡大して飲食店その割合が変化したという事だろうし、本来デザインという手法がひとつの業種業態の方法論ではない事は承知しているが、その範囲が爆発的に飛躍している様に感じるのも確かである。そして、それはもはや一部の特別な人達だけのものでは無く、民の営みの中にあって例えば”生活の豊かさ”を計る指標のようなものになっている様に思う。故に、美しいとかかっこいいとかの受動的なものではなく、楽しいとかうれしいとかを表現する能動的なコミュニケーションの手段としてデザインの存在がフォーカスされてきている様に思う。いわゆる、これがコミュニケーションデザインの定義である。
コミュニケーションデザインという限りそこには人の営みがある。美しいものは沢山あるが、そこに人がいて初めて美しいと感じる空間こそコミュニケーションデザインであると思う。
その意味で最後まで議論の白熱した中勢以とブロッサムの2作品はコミュニケーションデザインを語る上でもっと象徴的な作品といって良いだろう。
この2作品は、文句無く人の気持ちを動かす力を持っている。しかし、その向こうにある”実空間”を想像すると(あくまでも想像するしかない)、一方には持続可能な空間の強度と言う点で不安がある。人が使う限りは要求される対応時間を無視するわけにはいかない。それは、単純に長さでは無い。住宅には住宅の、レストランにはレストランの、舞台空間には舞台空間の、展示会には展示会の、表現されるものは永遠にも思える変化の速度であったり、一瞬の衝撃であったりするが、それぞれの空間にはそれぞれの役割を全うする時間を与えられている。良い空間とはその使命を全うする強さを持っている。ここでいう強さとは、コンセプトの明解さであったり、心を震わせる魅力であったり、包容力であったりするが、すべて持続可能な強度で無くてはならない。
コミュニケーションデザインとは広義の意味を持っているがこの持続可能な強度を落ち合わせているか否かというところが最後の判断基準にあると僕は思う。
はたしてこの空間は使える空間なのか?この美しさは持続可能な美しさなのか?この空間は持続可能な空間なのか?
作品を通して「コミュニケーションデザインとは何か?」という事を議論する事がJCD DESIGN AWARD2009 の役割ではないかと感じている。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 11:33
Top > 辻村久信 > 八ヶ岳美術館/村野藤吾
2009年09月10日
八ヶ岳美術館/村野藤吾
八ヶ岳山麓の唐松林の中点在する彫刻の間を抜けてゆくとに半円形屋根の重なった小さな美術館がある。
1980年竣工当時90歳を真直に迎えた建築家・村野藤吾の晩年の作品、「八ヶ岳美術館(原村歴史民族資料館)」がある。
建物は外壁をセメントブロックを素地で仕上げ、防水処理を施したプレキャストコンクリートの半円形ドームを屋根として載せ、屋根と外壁の見切り部分に水切りとして塗装されたステンレス板を廻している。
エントランスのドアのハンドルの木を削りだした曲線がやさしくて、この時代独特のフォルムでの物と人とのインターフェースを感じるデザインだ。
インテリアデザインは、建築のフォルムをそのまま生かしたボールト天井を薄い布ドレープを付けて覆っている。この時代と村野藤吾の年齢を考えるとかなり挑戦的なデザインといえるだろう。照明や空調等の設備計画も大丈夫なのかと思えるけれど30年も時間を経て美しく保たれている事を考えると凡人の考える事ではないのである。
この近くにある「小山敬三美術館」の方が僕は好きです。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 10:06
Top > 辻村久信 > 飯田市小笠原資料館
2009年09月04日
飯田市小笠原資料館
大学の研修旅行で小笠原資料館を見に行った。
こんな機会が無いと引きこもり系デザイナーは人の作品を見る事は無い。
緩やかにカーブする立方体が宙に浮いている。この緩やかなカーブで建築の強度を上げているのだろう。(でも、ちょっと揺れるな)完全な直方体では弱いというのもあるのでしょう。
日光の東照宮の柱が逆であるとか完全さを嫌う日本建築は「完全なものには魔物が取り憑く」等といわれて必ず非対称の構造になっている。その微妙な不完全さを美しさと見るのは、日本人の情緒なのだろう。
とにかく、この小笠原資料館から見る旧小笠原家書院の杮葺きが見事に美しかった。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 10:00
Top > 辻村久信 > 月の家 3
2009年09月01日
月の家 3
[地鎮祭]
月の家の地鎮祭が行われました。
地鎮祭はその土地を使わせていただく事を神に承諾していただく為の儀式です。
という事はそもそも土地は神のもので人のものではないという事です。
地方によって、また執り行われる神社によってその儀式の細部は変わりますが、一番神秘的に思うのは、降神(こうしん)といわれる神を御迎えする儀式の時です。神職が何かしら唱えた後「おお〜」と独特の発声をされて神を祭壇に立てた神籬に御迎えします。その時、虫の声等も止んで一種独特な神聖な気持ちになります。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 10:37
Top > 辻村久信 > 月の家 2
2009年08月27日
月の家 2
[手刻み]
ほとんどの木造はプレカットと言われている機械でその継ぎ手を造る様になったが、「月の家」は棟梁が木材を吟味し、墨付けして仕口や継ぎ手を手刻みしている。
ほぼ出来上がったというので、クライアントと一緒に見に行った。丸太から製材された材料、そして刻まれた材料を見ると一本一本の樹の命を感じる。その命が「家」という造形になってまた新しい命を宿すのだ。デザインをして図面を描いて創作していく訳だが、本当はもっと大きなものにつき動かされているだけなのかもしれないと思います。
※原寸の板図
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 10:32
Top > 辻村久信 > 中国深圳市
2009年08月24日
中国深圳市
中国の仕事は、いつも煙に撒いて逃げていたのですが、
縁あってついに中国に行きました。
深圳市は1980年、改革開放路線を推し進める鄧小平(とう・しょうへい)によって経済特区に指定され、急速な経済発展を遂げている。
中国では、香港・マカオに次いで所得が高いところといわれています。
新しくなった香港空港から深圳に入りました。税関を通るだけで街の空気は一変する。国境というものはそうゆうものなのだ。周りを海に囲まれている日本人にはあまり馴染みの無い感覚だ。
とにかくものすごいスピードで街が出来上がっていく真っ只中にあって、人間もものすごくパワフルで・・・でも、どこかパッションを感じないというか、コミュニケーションが無いというか人と人との関係性が希薄な感じがした。みんな一方通行で走り回ってそこいら中で渋滞や衝突が繰り返されて、そうしながら大きな潮流に巻き込まれてどこかに群衆ごと高速で運ばれていくような危なげな印象がある。「きっと文化革命以前はそうじゃなかったんだろうな」と、ホテルの窓から現場を見ながら、遥か悠久の歴史に想いを馳せる朝です。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 10:03
Top > 辻村久信 > SOLA Rainbow Healing Hert
オープン
2009年08月07日
SOLA Rainbow Healing Hert
オープン
15年以上会っていなかった友達から依頼があって、ちょっと変わったお店のデザインをさせていただきました。
久し振りに会った彼女は、ハワイのシャーマンとの出会いから人生が変わったと言います。そこで得た力で多くの人にディープリラクゼーションを施し何かしらのキズキを促すというような場を創りたいという事でした。
前例がない中で、内容を把握するのに悪戦苦闘しましたが、結局は彼女のパーソナリティに助けられ彼女らしい、彼女の喜怒哀楽、彼女そのものが空間になれば良いと考えてデザインしました。(デザインと言っていいのかすらわかりません。)
先日、自身もディープリラクゼーションを施術?していただきました。不思議な感覚ですが、ある一定の時間からフッと何かが変わって爽やかな感じになります。ボキャボラリーが乏しいのでうまく伝える事ができませんが、とにかく何かが変わります。
決して、オカルト的な事とも宗教的な事ともちがって、普段の生活にすぐそこにあるような、ちょっと速度を落とすと見えてくる景色のようなものがあります。
辻村久信
■SOLA Rainbow Healing Hert
〒604-8135
京都市中京区東洞院三条下ル三文字町200番地ミックナカムラビル2F
TEL:075-241-1834
営業時間:11:00〜20:00(受付19:00)
定休日:火.水曜日
http://blog.goo.ne.jp/healingheart21
投稿者 moonbalance : 09:59
Top > 辻村久信 > Disney + WA-Qu TV放送
2009年08月03日
Disney + WA-Qu TV放送
シンガポール政府系のTV シンガポール「channel news Asia」のEast Asia Tonightで銀座ギャラリーでおこなわれているWa-Qu Disneyが紹介されました。
シンガポールをはじめ、インドネシア、ブルネイでは地上波。その他香港、台湾、中国、マレーシア、フィリピン、タイ、インドアラブ首長国連邦など22カ国、衛星放送やCATVで放送されました。

いつも思うのですが・・・外国のTVとか写真とか映像の色というか空気というか独特ですね。空の色が違う様に大気にも色があってそのせいで変わるのかと漠然と思っていたのですが、どうも違うようです。
あれは、フィルムの色でしょうか?外人の眼の色でしょうか?もっと根源的な頭脳の構造によるものでしょうか?
そんな事を考える今日この頃です。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 18:41
Top > 辻村久信 > Disney+WA-Qu
アートディレクターの仕事 4
2009年06月28日
Disney+WA-Qu
アートディレクターの仕事 4
スティッチの茶筒/清課堂


(C)Disney
茶筒といいますが、何に使ってもらっても良いのです。
その精巧でミニマムな形状と錫の持つ使い込むうちにでてくる風合い味わいが侘び寂びを感じさせます。
葉っぱの文様の様に見えるのはスティッチの手形です。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 13:13
Top > 辻村久信 > Kenichi tanaka
2009年06月23日
Kenichi tanaka

緩やかな時間の中で様々な意匠が組み合わされ淘汰されて現在の町並みを創っている。
ニュートラルな表皮で建築を覆う事によって過去を一旦消去し、より深い記号へと修正する。
公と私、他と自、内と外、この相対する概念を緩やかに隔てながら繋げる事。
存在そのものを包み込む記号化された極限に薄い皮膜=それが私にとっての建築なのかもしれない。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 15:48
Top > 辻村久信 > Disney+WA-Qu
アートディレクターの仕事 3
2009年06月20日
Disney+WA-Qu
アートディレクターの仕事 3
[さめ小紋の鉄瓶/盛岡南部鉄器(岩鋳工業)]


(C)Disney
「鉄瓶で入れたお茶はおいしい」と言います。
きっと鉄の成分が何かしらお茶と反応するのでしょうが、日本人は昔からその事を生活の中の知恵として知っていたようです。
ふだんの生活の中で、鉄瓶でお茶を入れるって豊かな感じがします。
錆や手入れをあまり気にしないですむ様に有機的な塗料で着色し、内部はガラスを焼き付ける「ホーロー」
の処理をしています。表面はサメ小紋にしてミッキーマウスのアイコンが隠れています。
盛岡の南部鉄器の発祥は、茶道と深く関わっていて京都の情緒に影響されています。(有坂家の初代は京都の人でもある)

砂型に溶解した鉄をひとつづつ流し込んでいきます。

型から取り出された鉄器のバリをとる作業

それぞれのパーツを組み立てて出来ます。これは取っ手を付ける作業。

釉薬を付けて焼き付けていきます。

塗料を付けて磨く前。

不良品ははねられて、もう一度まとめて溶解され新しい鉄瓶になります。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 17:26
Top > 辻村久信 > Disney+WA-Qu
アートディレクターの仕事 2
2009年06月16日
Disney+WA-Qu
アートディレクターの仕事 2
[cinderella/江戸切り子]

(C)Disney
ガラスの靴は彼女の残像です。儚い想いを抱えて、街中を形振り構わず探す王子の姿に切ないものを感じます。
恋愛の成功物語の象徴である「シンデレラ」は、男性にとっては愛に翻弄される危うさを感じる物語でもあります。
この靴は手吹きガラスの手法で飴細工の様に造形されます。暑く熱せられたガラスの塊は一瞬でガラスの靴の形状になります。まるでそれは魔法のようです。またそれを江戸切り子の職人さんが丁寧に削っていきます。光を透過するガラスは切り子の傷をつける事で周りの光を吸収して放ち、それ自体が発行している様に見えます。この瞬間も魔法のようです。
やはりシンデレラのガラスの靴は「魔法」で創られるのでした。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 10:43
Top > 辻村久信 > ”森の中の研修所” 堀場朽木研修センター
2009年05月27日
”森の中の研修所” 堀場朽木研修センター

森の中で樹に囲まれていると、人は自然の一部になって原生の記憶を蘇らせる事ができます。それは、リラックスし癒される事でもありますが、人間が本来持つ様々な能力を想起させる事にもなります。
堀場朽木研修センター”森の中の研修所”は、日常の仕事の領域を少し離れて、森の中に身を置く事によって、個人の能力を高め、組織の持つ力を最大限発揮できるよう考えられた施設です。
仕事に集中する”ON”の環境と、そこから解き放たれリラックスし、コミュニケーションする”OFF”の環境をより鮮明に分けて計画しながら、「森の中の研修所」というコンセプトに融合していく事、一見アンビバレントに見えるその行為が新しい発想の源となる様にデザインしました。
また、何かが起こるのではないかと思える期待感や単純に「行きたい」と思える魅力ある環境づくりはインテリアデザインの力であると言えます。人は環境の生き物といいますが、与えられた環境によって様々な能力を発揮します。レストランやブティック等の商業空間以外の空間でも人の気持ちをコントロールする事のできるインテリアデザインには様々な領域で可能性を持っています。
[バーラウンジのインテリアグラフィック]


バーラウンジは、”OFF”の空間。自然石を積み上げた中央の暖炉の燃える炎を見ながら、言葉を超えた深いところでのコミュニケーションを想起させます。
暖炉を囲む様にして林立する柱は、テキスタイルデザイナーの脇阪克二氏に森をイメージしてデザインしていただいたグラフィックを鋳鉄にレーザーカットして内照式にして、バーラウンジのアクセントとしています。このグラフィックデザインは、バーのバックカウンターの手漉き和紙を使った光壁にも使用しています。
[メインダイニングのデザイン]

私達が、堀場朽木研修センター”森の中の研修所”のデザインを依頼されたのは、建築が概ね出来上がった頃で、現場が動きながらデザインをしていくというようなアクロバットなクリエーションでした。特にこのダイニングルームは工事が進んでいて与えられた条件は非常に厳しいものでした。
そこで、この空間の特徴である天井の梁柱の形状をうまく利用して、その間に、この空間にはスケールアウトした大きなシーリングライトを取り付けました。その事によって、現実的な「食べる」という行為、「食堂」という場所に少しの違和感を与え非現実でウイットにとんだ空間を創りました。
インテリアデザインの力は、このようにワンコンセプトで空間が劇的に変化するというところだと思います。
例えば、相撲の大阪場所です。普段は、コンサートや他のスポーツに使われている大阪府立体育館が土俵とつり屋根が掛けられるだけでいきなり神聖な相撲の世界になります。これが、インテリアデザインの力です。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 10:30
Top > 辻村久信 > 木割り板の事
2009年05月26日
木割り板の事

木は育った年代と同じだけ切られてからも生き続けます。
のこぎりや刃物で木を切るという事は木をちぎっていくという事。人の想いどうりに造形していきます。
しかし、木を割るという事は、その気の持っている本来の形に添って造形していく事で、切られてからの木の寿命も伸びると思います。
人の意思と木の意思とがひとつになって有機的な造形を生み出します。しかし、この技は木を見極める、木と話せる人しかできない事です。
地球温暖化の関係から、樹を切らない事も必要ですが、木を切り道具として使う事で人の生活が豊かになるという事も有ります。樹の切り方と使い方が問題です。特にデザイナーにとっては、樹の使い方は、重要でその樹の持っている本質と癖を見抜き、また「使い切る」という事が大切であると思います。木を割るという事は樹を使いきる事にも繋がります。使い切るという事は樹だけに限らずモノに対する愛情の表現のひとつだと思う。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 14:59
Top > 辻村久信 > パーソナルチェアーとスツール/"ASPLUND CONTRACT 2009-2010"より
2009年05月25日
パーソナルチェアーとスツール/"ASPLUND CONTRACT 2009-2010"より
空間のデザインの中で必然的に生まれてくる家具のデザインとは別に、プロダクトデザインとして依頼される場合も有りますが、その場合もかならず仮想の空間を想定してデザインします。別にデザインのプロセスを決めている訳では有りませんが、必然的に空間の中での用途が有りかならずストーリーが有ります。かといって出来上がったものがそのシチュエーションで使われる事が条件では有りませんし家具を使う人は実に様々にそれぞれのオリジナリティを発揮してそれぞれの空間で表現します。僕にとっては、自分の創造の範疇を超える事が刺激になるし、デザインしたものがその空間にあわせて変容していく事を喜びと感じるのです。
このパーソナルチェアーとスツールは、旅館の浴室に併設されたリラックスルームをイメージしてデザインしました。
"ASPLUND CONTRACT 2009-2010"で販売しています。

セブ島の工場でのサンプルチェックの様子。初期の段階でフォルムの確認///
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 12:35
Top > 辻村久信 > 三木健さんの事
2009年05月22日
三木健さんの事
マールブランシュの仕事でご一緒させていただいている三木健さんと商店建築の「空間に呼応するアプリケーション・デザイン」というタイトルの取材を請けました。


マールブランシュカフェの仕事を通して、インテリアデザイナーとグラフィックデザイナーの関係や仕事の進め方等をインタビューされました。
三木さんの話はいつも解りやすく内容を組み立ててお話しになるので、常に僕は聞き役に廻ります。時として僕の言わんとする事を僕以上に的確に話されるので、とにかく「そう、そう・・・」と相づちを打つだけで良いので、本当に後から申し訳ないなと思ったりします。今回のインタビューもたぶん僕は三木さんの10分の一も話していないでしょう。でも、僕が無理矢理話すよりきっと良い記事になります///感謝
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 10:59
Top > 辻村久信 > Disney+WA-Qu
アートディレクターの仕事 1
2009年05月21日
Disney+WA-Qu
アートディレクターの仕事 1
WA-Quのメンバーの Disney + WA-Quの商品開発をしています。
アートディレクションの仕事って本当はどんなものかよく解っていないのですけれど、WA-Quのメンバーの中で少なくともDisney世代である私がやるような事になってしまって、日々Disney + WA-Quの商品開発をしています。商品開発といっても伝統工芸の職人さんや製造会社とのやり取りに始まり、コスト管理やパッケージの打ち合せやら販売促進の計画やらものすごく幅の広い仕事で、しかも7月6日の銀座ギャラリーにあわせなくてはならなくて、日々加速度を増してゆきます。
Disney + WA-Quの特徴は、HALO(ヘイロー:ハイエンドのブランディング)をめざすウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社とのコラボレーションにより、京都のクリエーター集団が創造性の高いものづくりをしているところにあります。和空のメンバーたちは独自の解釈でディズニーの世界観を読み解き、和の空間で表現しています。京都固有の伝統技術が表現するDisney + WA-Quの製品は、従来のディズニーキャラクターグッズとは明らかに一線を画する上質感、存在感を備えています。
Disney + WA-Qu in Ginza Tokyo 2009のオープンまでの間、いくつか製作中の商品をちょっとだけ予告編としてお話しします。
今日は、手拭いの話///。
小さいとき登校する朝、必ず母親に「ハンカチとハナカミ持ったか?」といわれたものですが、最近の子供にはそんなこと言いませんがそれは親の怠慢か?それとも子供がしっかりしたのか?解りませんが、とにかくハンカチは必ず常備する事が常になっています。でも良く考えるといつから日本人はハンカチを持ち歩くようになったのでしょう?。本来は手拭いだったはずですよね。最近ショックだったのは、手拭そのものは知っているのですが、その使い方を知らない世代がいた事です。「ハンカチやタオルと同じですよ」というと「へ〜」と感心されました。
その使い方を知らない世代にもDisneyのアイコンがきっかけになって日本の便利なものに触れる機会になれば良いと思います。
Disney + WA-Quの手拭いの新作は、マーメードやクレオやジャックスケリントン等、夏を予感させるデザインです。
続く・・・。

(C)Disney
※画像はまだ非公開のためぼかしています。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 22:09
Top > 辻村久信 > スタッキングチェアー Horiba special D type
2009年05月19日
スタッキングチェアー Horiba special D type

あるものはデザインしない。言い換えれば無いものをデザインする。これが私のデザインに対する原点です。
闇雲にデザインするのではなく、あるものは最大限利用する。
空間をデザインするとき、家具や調度品もデザインします。でも、基本的には既製品の枠の中で選択します。そして、どうしても揃わない、空間のデザインに合わない場合のみデザインします。あるものは使いましょうという「もったいない」の精神?で///
ここに紹介する木製のスタッキングチェアーは、堀場製作所朽木研修センターのメインダイニングに使用したものです。
スタッキングチェアーのデザインは世の中にはたくさんあるのですが、木製のものが少ない。
使われ方のシチュエーションからその強度に要求されるところが多いのか?
この研修センターのコンセプトは「森の中の研修センター」、エコや自然といったところをテーマにしています。
研修オンとオフの使い分けを考えて.会議する場所での緊張感と、リラックスしてコミュニケーションするところでのデザインの使い分けを考えて、しかも「森の中///」というニュアンスを踏襲するバランスをデザインしました。
ダイニングルームは、オーソドックスなデザインの中にスケールアウトしたペンダント照明でウィットを表現しています。このダイニングルームでこのスタッキングチェアーは使われています。
シンプルな構造ですが、このシンプルさが強度を生み出しています。
柔らかな木質の肌触りと優しさが、個々が研修センターであるという事を忘れさせてくれるようです。
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 20:50
Top > 辻村久信 > 京都クオリティ/茶の菓の表現
2009年05月03日
京都クオリティ/茶の菓の表現
陰(かげ)が陽(ひかり)の対極である以上、闇の中でこそ、真の明かりを感じることができると思うのです。陽の光りを反射しない新月の夜も記憶の中にある月は、その残像として夜空に映るものです。究極の光りは真の闇の中でしか感じることができないもの…
影を創る事によって、光そのものを感じる事は出来ないか?究極の明かりとは、影の中にこそ力を秘めているものではないか?
際限なく消費された灯りの中では、もはや灯りはその本来の意味を失っている。様々な素材が持つ本来の色が創りだす”黒のグラデーション”は、唯一の灯りを支える。
濃密な闇となり、濃厚な濃い茶の余韻となり、そして、その灯りは、伝えたい唯一の言葉(メッセージ)を照らす。唯一の言葉、”茶の菓”を伝える空間。
この空間は、谷崎潤一郎の『陰影礼賛』にインスパイヤーされた。 ただし、その表現はより未来的なものを暗示しています。
(辻村 久信)
投稿者 moonbalance : 11:00
Top > 辻村久信 > KENICHI TANAKA/「天国への階段 Stairway to Heaven」
2009年05月02日
KENICHI TANAKA/「天国への階段 Stairway to Heaven」
オートクチュールのアトリエ・ショールーム+住宅。
1Fショールーム、2Fアトリエ、3F・4F住宅、この空間の構成要素を縦に繋いでゆく階段。光に充ちて限りなく、重力に逆らいながら上へ上へと続いていくように見える。
ジミーペイジのギターとロバートプラントの声が聞こえる「ここが天国への階段だよ」と///
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 11:00
Top > 辻村久信 > 竣工写真 撮影
2009年05月01日
竣工写真 撮影
完成した空間の写真を必ず撮っている。
仕事をはじめた頃は、「写真では空間は解らない」と変な理屈をつけて撮らなかった時期もありましたが、ここ10年くらいはきちんと撮って資料として残す事をしている。
僕は、基本的にフォトグラファーに「どのような写真を撮ってほしい」というようなリクエストはしないし、写真撮影には立ち会うことは無い。信頼できる数人の方にいつもお願いしている。
空間は僕の作品であり、それを使う”事”はクライアントの作品であり、それを切り取る写真はフォトグラファーの作品と考えているからである。だから、すごく良い写真が撮れて感動する時もあれば、そうでない時もある。
良い写真が撮れるかは、きっと写真を撮る人の”心に響く空間であるか”という事が大きく作用する。だから、写真の出来映えはその空間の客観的な評価でもあると思っている。
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 11:00
Top > 辻村久信 > 京都クオリティ/茶の菓の表現
2009年04月30日
京都クオリティ/茶の菓の表現
「・・・あざやかに過ぎて、あしし」南方録の一節に夜会での灯火の心得を説いた利休の言葉がある。その言葉の真意を推し量る事はできないが、そこに数寄の心が集約されているように思う。
インテリアデザインは、その素材と構成、そしてディティールに精魂込めながら、背景に徹する事であり、主役はあくまで客と"茶の菓"である。
「・・・あざやかに過ぎぬよう」人の心の深い場所に"茶の菓の記憶"と共にゆらり波紋を残すような脇役にならなくてはならないと思っている。
(辻村 久信 )
投稿者 moonbalance : 17:25
Top > 辻村久信 > ”高島野十朗美術館/素空間・栩葺(とちぶき)の箱”
2009年04月22日
”高島野十朗美術館/素空間・栩葺(とちぶき)の箱”
まず自分からアクションを起こすタイプのデザイナーではないので、クライアントからの依頼でデザインする事がほとんどです。特にコンペティションもやらないし、特に競合するデザイナーが他にいる場合は、「どうぞどうぞ」と譲ってしまう。
「自分のデザインが必要とされる事は一生懸命やるけれど、必要とされない事はやらない」を唯一の主義にしている。
このように基本的に依頼があって初めてデザインするので、成就しないプロジェクトはほぼ無いのだけれど、不本意ながらここのところ途中で止まったり無くなったりするプロジェクトがでてきた。淋しいものです。
この”高島野十朗美術館/素空間・栩葺(とちぶき)の箱”も最近のそのひとつです。高島野十朗の作品を蝋燭の炎、闇夜に浮かぶ様々な月で想像する人も多いと思います。この孤高の画家”高島野十朗”のコレクターで美術商の依頼で小さな美術館をデザインしました。
「素空間・栩葺(とちぶき)の箱」と名づけられたこの美術館は、雑踏の中にあってその風景を切り取るように黒い墨のボリュームをしています。
これはまるで都市の中のブラックフォールのように、すべての思念を飲み込みます。
この建築の外皮は栩葺(とちぶき)といわれるもので、古くは法隆寺金堂の裳階(もこし)に見られる厚い木片を互い違いに重ねた板屋根を形成する手割り板で、その材料を酸化させて墨色にし外壁として中空に浮かせています。美術館内部もスポットライト等の線光源のみで構成し、作品のフレーム(領域)を感じさせないで、濃密な闇の中に作品のみが浮かび上がるように計画していました。
様々な理由で計画は頓挫したけれど(頓挫したから余計に思うのかもしれないけれど)、実現できれば後世に残る建物になったと思っている。
全宇宙を一握する、是写実
全宇宙を一口に飲む、是写実
ー高島野十朗ー
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 16:11
Top > 辻村久信 > 猫のたま毛?ネズミの脇毛?ムササビ///?
2009年04月13日
猫のたま毛?ネズミの脇毛?ムササビ///?
先日、「茶の菓」京都店の壁面のチェックに蒔絵師の下出裕太郎さんの工房にお邪魔したおり、普段お使いになっているいろんな道具を見せていただきました。蒔絵に使う筆の毛はその柔らかさから様々なものの毛が使われています。猫やムササビ、ネズミの脇毛というものもありました。ネズミは穀物船に乗っているネズミが良いとか///お米を食べているからでしょうか?ちょっと触らせていただきましたが、その柔らかい事。とにかく繊細なものです。このような日本古来の技術を支えてきた道具にはとても魅力を感じます。きっと「この筆は穀物船に居るネズミの脇毛が良い」と行き着くまでには相当の紆余曲折があったんだろうなと考えます。
漆を塗る刷毛は婦人のしかも海女の髪が良いそうです。
こんなものも最近は、日本製が少なくて中国産になっているそうです。///いやはや
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 12:13
Top > 辻村久信 > マールブランシュ/お濃い茶のグラデーション・2蒔絵
2009年04月10日
マールブランシュ/お濃い茶のグラデーション・2蒔絵
漆黒の溜塗りの茶碗にお濃い茶の緑が残るイメージを表現する壁面。手割りをした木材を酸化させて黒くし、その表に緑色のグラデーションを施しました。
蒔絵師の下出さんにお願いして金を蒔いていただきました。光のあたり具合でより深い印象を与えます。
下出さんにこんな事をお願いしても良いのだろうかと心配していましたが、快く引き受けていただきました。眼に見えない所で様々な人が関わり、空間ができていきます。
中村工務店の手割り板に下出さんの蒔絵=これはある意味重要文化財かもしれません。
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 11:33
マールブランシュ/お濃い茶のグラデーション・1
漆黒の溜塗りの茶碗にお濃い茶の緑が残るイメージを表現する壁面。手割りをした木材を酸化させて黒くし、その表に緑色のグラデーションを施しました。
プランの最初は再現性ふくめ、インクジェットプリントで考えていましたが、サンプル制作を繰り返すうちにどうしてもその表情がうまく出せず、やっぱり人の手仕事になってしまいました。その分時間もお金もかかるのですが、人の心に残る”深さ”に繋がっていくと思います。
工場で、水性のペイントを何層にもスプレーで塗り重ねて表情を創っていきます。色の種類、彩度、濃度、表現する基材(木)、光源の輝度、色温度などなど様々なものが影響し合って表情を作ります。
図面や模型、CGでも表現できないものは実際に眼で見て感じて確かめます。
人の感覚はその環境によって様々に変化します。
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 11:32
那須野ケ原ファーム
駅から車で田舎町抜け、雑然とした森を超えるといきなり緑の牧草地、なだらかな丘が見えてきた。
元は日本陸軍の演習林であったこの森を切り開いてこの牧場が創られた。
小さな馬が一日中草を食み、丘を越える優しい風がその鬣を優しく揺らせている。
京都から4時間新幹線を乗り継いで訪れた事のギャップ。
時間とはこのように流れていくモノだ。人はこのような場所で生きていくものだ。
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 11:31
砂町銀座/静寂の家N邸、取材撮影=後砂町銀座グルメ&ピザパーティ
砂町銀座/静寂の家N邸のリアルデザイン6月号取材撮影がありました。
空間の写真だけではなく、施主も撮られます。
その後は砂町銀座グルメとピザパーティです。
この現場に来る度にこの砂町銀座を通ります。とても魅力的なにおいが鼻孔をくすぐり//でも立ち食いはできないし///
ついに念願かなってN邸で御相伴にあずかりました。ちょっと歩いただけでこのメニューが揃うのですから、やっぱり台所は要りませんでしたね。
ピザはストーブの起き火で創っていただきました。なんとレシピは宅配ピザのパンフレット。
美味しかったなー。
今度は、七厘でパーティーしましょうという事になりました。
(辻村久信)
投稿者 moonbalance : 11:28
Top > 辻村久信 > 空虚の坩堝=変成の力
2008年01月15日
空虚の坩堝=変成の力
明けましておめでとうございます。
日本人には零にする能力を持っています。
何も無いという状態を創る事で、新しいものを受け入れ変えていく能力を持っています。
自分というものを投げ出す事はとてつもなく恐ろしい事です。築き上げたものを捨てる事は事の大小に関わらず勇気のいる事です。しかし、その事に執着している事、その事は実は本質から離れていっている事になっているのではないかとも思えます。
初詣でお参りする神社の拝殿にあるものは鏡、榊に白い紙を切って垂らした御幣だけ、何も無い。ほんとうは伊勢神宮の内宮の中に奉られている三種の神器さえ誰も見た事の無い。実は何も無いのかもしれないと思っています。その何も無い空虚の坩堝に意思を感じ、様々な新しい解釈を感じる事が出来る。
実は、この事が日本人にしかない能力なのではないかという気がします。
日本のoriginはそこにあるのではないかと考えています。
平成20年 空虚の坩堝は変成の力に変わると信じます。
投稿者 moonbalance : 19:32
Top > 辻村久信 > 椅子職人の橋本勝己さんのこと
2006年01月31日
椅子職人の橋本勝己さんのこと
椅子職人の橋本勝己さんが亡くなった。
二十年前、僕に椅子の作り方のいろはを教えてくれた親方だった。
木が好きで木のことがよく解っていて、ボンドを信じず"にかわ"を使い、一本のビスさえこだわり、自分で作っていた。
木の反る方向が解って組まれた椅子は、作られたその時よりも時間が経つほどにその強度を増す。それはもう今となっては伝説である。
仕事場に行くといつも椅子の話しを聞いて、息子と娘の自慢話しを聞いて、近所の"蛇の目"という寿司屋でご馳走になった。
いつも駆け出しのデザイナーの無理難題を「しゃぁないなぁ」と聞いてくれた。
橋本さんの作った椅子は、世の中にどのくらいあるのだろうか?
皇室をはじめ公の場にも数限りなくたくさんあるはずだ。
彼の偉大な業績に比べると、その葬儀はひっそりとおこなわれた。
盛大な葬儀がその人間の価値ではないが‥それは、あまりにも切ない葬儀だった。
もう二度とあの椅子は作れない。
残念な事に彼の意志も技術も継ぐ者はいない。
辻村久信
投稿者 moonbalance : 15:20
Top > 辻村久信 > 『オラファー・エリアソン/影の光』展
2006年01月15日
『オラファー・エリアソン/影の光』展
東京でのスケジュールの合間に『オラファー・エリアソン/影の光』展を原美術館に観てきました。
原美術館に行くのは、さて20年ぶりの事でなんだか懐かしいというよりせつない感じがします。
「…影の光」というタイトルもさることながらとても魅力的な作品ばかりでした。
多分うまく解説する人はいるのでしょうが、僕には出来ません。出来ませんが、凄いということはわかります。お笑いに解説を加えるとシラけるみたいに、アートというものもそうゆうものと思います。
こうゆう衝撃的なものを体験すると僕の中に『種』として残ります。その『種』が芽を出す時もあれば、何処かに逝ってしまうときもあります。探そうとしてもみつかりません。どちらにしろ、どんな『種』だったかを思い出す事が出来ません。
投稿者 moonbalance : 20:49
Top > 辻村久信 > 明けましておめでとうございます。
2006年01月01日
明けましておめでとうございます。
十年一昔といいますが、今年は辻村久信デザイン事務所として十一年目の年、新しい十年の始まりの年になります。
10年前の4月29日、当時ナショップのライティングコンテストの最優秀賞でもらった賞金を元手に『京都/雪月花』で独立記念のパーティーを開いた。考えればこれが公には辻村久信デザイン事務所の創立記念日ということになります。実際はその年の2月にはリブアートを退社して、3月からはなんとなく事務所の看板をあげて仕事をしているということになるわけですが、実際はそう簡単にデザインの依頼もあるわけではなく、ただぼんやりと過ごしていたように覚えています。
当時、事務所は麸屋町通り二条を上がったところの路地の奥に三軒長家を借りて、それをひとつの空間に改装して使っていました。
朝は、犬の散歩から始まって一日中電話の前で「誰かからかかってこないかなぁ」と考えている内に夕方になり、また犬の散歩をして家に帰るといった毎日でした。今から考えればよく生活できていたと思います。
そのうち、暇を見兼ねた人達から仕事をいただき(震災の復興計画の一部だったと思います)、ひとつまたひとつと仕事をしている内にあっという間に十年経ったという感じです。自分から何かを仕掛けていくわけでもなく、コンペティションすらあまりしたことがなく、ただ現れる目の前の仕事に夢中になっているうちにここまできたきたように思います。結局、恵まれていたという事です。
さて、これからの十年も多分本質的には同じようにしてデザインしてゆくでしょうが、今年は原点に帰る年としてデザインの在り方、デザインの手法、デザインの意味を問い直し、今まで、とにかく吐き出したものを今度は整理してひとつづつ完成させて行く年にしたいと思っています。
『モノよりコト』この言葉は、僕がデザインというものを始めた頃よく思っていた言葉で、常にそのようなことを言っていました。カタチそのものではなく、そのカタチが生まれる過程、またそのカタチを取り巻く環境を含む関係性をデザインすることを重要と考えていました。今から思えば駆け出しの若造の戯言のようでもありますが、その事が自分のデザインの組み立ての原点になっているのは確かで、今になっては日本人のデザインの手法そのものでは無いかと思うのです。
★辻村久信
投稿者 moonbalance : 20:15
Top > 辻村久信 > 年の暮れ
2005年12月30日
年の暮れ
年の暮れとは言いながら、一向にそのような雰囲気にもならず、いつも通り仕事しています。少なからずトレンドとか言うものに関わりながら仕事しているようで、結局のところ世の中を傍観しているだけで、その渦中にいない自分がおかしくも思えます。
投稿者 moonbalance : 14:19
Top > 辻村久信 > 「SferaBarSATONAKA」
2005年12月29日
「SferaBarSATONAKA」
20代の頃はよくバーで飲みました。ほとんど毎日のように何処かしらのカウンターで飲んでいました。そこにはいつもの顔があり、他には無い特別な世界がありました。
この頃は旅先のホテルで飲むくらいで、特に京都に居る時にバーで飲むことは滅多にありません。思えば寂しいものです。
そんな僕が久しぶりにバーをデザインしました。
Sferaの真城さんとBarMOONの里中さんのクセモノ二人が一緒にBarをするということでデザインさせていただきました。
”月の残像”というテーマでデザインしました。陽の光りを反射しない新月の夜も記憶の中にある月はその残像として残るものです。究極の光りは闇の中でしか感じることができないもので、もはやそれは記憶でしかないと思うのです。
今までのConceptや手法に頼る事なく、全く新しいこと、挑戦的なこと、好き嫌いがはっきりするようなデザインにしました。ここが、デザインの議論の元になれば良いと思います。
とにかく、「SferaBarSATONAKA」が出来たことで僕も京都で飲むことが少しは増えるでしょう。良いのか…悪いのか…
投稿者 moonbalance : 10:58
Top > 辻村久信 > 江戸について/Part 1
2005年12月28日
江戸について/Part 1
今、東京は両国で岩盤浴のデザインをさせていただいています。江戸東京博物館前の北斎通にある”江戸遊”という名前の大規模な銭湯の全館リニューアルに先駆けて、フロアーの一画に『青海波/SEIKAIHA』と言う岩盤浴のコーナーを造っています。
この仕事を始め、ここのところ東京の下町と言われるところに行くことが増えています。そこで感じることは、東京には江戸という街が現存するということ、現在我々が知る東京とは違う文化圏があるということを感じます。…続
投稿者 moonbalance : 10:04
Top > 辻村久信 > 雪について
2005年12月24日
雪について
長期予報に反して、ここのところ全国各地で何十年ぶりというような記録的な大雪に見舞われています。予報は、あくまでも予測でアテにはならないものです。人間が自然を把握することなど到底無理なことなのかも知れません。
元々雪の多い街の人には怒られますが、雪には心引かれます。もちろん音さえ飲み込んで、すべてを白の世界に変える雪の美しさのせいでもありますが、人々の生活を閉じ込めてしまう圧倒的な力に自然に対して謙虚になり畏敬の念を感じるからです。
徐行運転の新幹線の中から米原〜名古屋間の雪景色を見ていると、雪の下でひっそりと息を潜めてこの雪が通り過ぎるのを待つ人達の姿が見えるようです。
投稿者 moonbalance : 08:46
Top > 辻村久信 > SARA
2005年12月03日
SARA
京都デサイナーズウィークのイベントの一環で建築のプレゼンテーション展が北国銀行で開かれました。
僕は、愛知県犬山市で計画しているレストランカフェを併設したシニアホームのSARAのプレゼンテーションを出展しました。
模型とビデオプロジェクターを使って、街の中で街の暮らしと関わりながら生活するシニアホームの未来を提案しています。
僕はかねてから身障者や老人など社会的弱者の為の施設をデザインしたいと考えていました。
今まで僕の知る限りのこういった施設は、そこにいる人達よりケアする側の便利さや使い安さをベースにデザインされているように思います。もっとひどいところはそれさえ考えず無味無臭な経済効率のみを追究したとしか考えられない施設も少なくないようです。
SARAではこのような環境で生活する人達の側に立って総てをデザインすることから始めます。まず自分が介護される側にたってどのような環境で生活したいかを考えます。自分が年を経てこのような施設で生活するならば…を考えてデザインします。このようにして当たり前でそれゆえに画期的な施設をデザインしています。来秋竣工予定です。この施設のデザインについてはまた書きます。
投稿者 moonbalance : 23:40
無題
鉄筋の数を減らしたり、女の子が学校帰りに襲われたり、僕たちは何と言う恐ろしい時代に暮らしているのだろう。
最近は、この手のニュースを見ると本当に吐き気をもよおす。これは、どうゆう感情か?今までモニターの中の他人事と流していたものにリアリティを感じる年齢になったからか?自分の中にある同様の人間性に顔をしかめるからか?
オスカー・ワイルドが『ドリアン・グレイの肖像』で精神の病を肉体をもって癒し、肉体の病を精神をもって癒す。精神の病を官能をもって癒し、官能の病を精神をもって癒す。という意味のことをいっている。
感慨深いものである。昔読んだものが突然現れたりする。
投稿者 moonbalance : 23:18
Top > 辻村久信 > 2004−2005ナショップライティングコンテストの最優秀賞
2005年11月29日
2004−2005ナショップライティングコンテストの最優秀賞
2004−2005ナショップライティングコンテストの最優秀賞を『オイスターバー&チャコールグリル/マイモン』で、優秀賞を『渡月荘金龍/宙SORA光の風呂』でいただきました。
十年前『雪月花』で最優秀賞をいただいたのを機に独立をして事務所を始め、またこの節目の年に同じ賞をいただくのはたいへん有り難いことと思っています。
このような機会を与えてくれたクライアントと挑戦的なデザインを現実にする為に努力をしてくれた人々に対して感謝するとともにこの栄誉を分かち合いたいと思います。
投稿者 moonbalance : 22:59
Top > 辻村久信 > 出張の夜
2005年10月23日
出張の夜
いつも出張にでると夜は一人で過ごす事が多い。
まわりのデザイナー達は酒が強く、クライアントと飲み歩いたりしているが、僕は滅多にクライアントと飲むことが無い。別に仕事とプライベートを分けているわけでは無いが、とにかく常に「デザイン=人」の事を考えているので、独りになって自分の為にぼんやりとした時間を大切にしたいのだ。
今日も結局、ふらふら歩いて焼鳥屋で一杯飲んでホテルに帰って来ました。今はいつものホテルのバーで飲んでます。
なんだか久しぶりに自由な時間です。僕の事を誰も知らず、誰も話し掛けてこない一人の時間。この自由な時間がとても好きです。
投稿者 moonbalance : 00:05
Top > 辻村久信 > デサイナーの一日
2005年10月08日
デサイナーの一日
10月8日土曜日
09:00から社内打ち合わせ数々…、ヒルトンプラザのブティック、静岡の住宅、京都の家具屋のショールーム、SARA・施設、銀座あけぼの浜町本店の照明チェック…この間に来週のスケジュール確認やら、送られて来たメールのチェックと返信、突然の来客(ほとんど出ないけど…)。ちょっと昼休みで近くの蕎麦屋で十割蕎麦をたべて(昼を食べれるのは久しぶり)、その後、上野の複合ビルのファサードのデザインを描いて、バーのコンセプトプランを考えて、新宿のレストランのロゴを描いた。
17:06京都駅発の新幹線で愛知県春日井市のレストランの竣工検査に松本と行く。
現場で一時間程クライアント担当者とゼネコン担当者とチェックして回り、いくつかダメ出して、帰る。
新幹線で21:33京都駅着。
デサイナーの一日は、だいたいこんなものです。でも、土曜日なのにね。
投稿者 moonbalance : 21:22
Top > 辻村久信 > 四万温泉に行って…
2005年10月06日
四万温泉に行って…
朝07:15京都発の新幹線で東京へ。
11:00から代官山で新宿のレストランの打ち合わせ、12:04東京発の上越新幹線で群馬県の四万温泉へ(もう終わってしまったけどNHKの朝の連ドラ”ファイト”の舞台になった温泉地”です。)
8月にオファーをいただき、ようやく今日お伺いして現地を見てお話を聞くことが出来ました。
山道を登りきり四万温泉の街を通り抜け、その道の突き当たりに旅館あります。信じられないくらいの透明な水の流れる川に寄り添うようにひっそりと建つそのちいさな旅館は川魚や山菜を食べさせる料理屋として創業されました。現在は三代目の若主人が両親と切り盛りされている。
この旅館の現状とどんな想いでコンタクトをとられたのかをお聞きし、美味しい焼酎と自慢の川魚料理をいただいた。
私は、デザインの依頼をいただくと、それがどんなに遠くでも(外国でも)…まずその場所に出掛けて行って直接お会いしてお話を聞くようにしている。もちろんその総てをお受けする訳ではありませんが、星の数ほどいるデザイナーの中で私を選んでいただいてコンタクトを取っていただいた事に対するそれが私の礼儀のような気がするからです。
デサイナー自身が思うよりも最初コンタクトを取るときはクライアントは緊張すると思います。どんな事を言われるだろう。気難しい人ではないだろうか。デザイン料はいったいいくらいわれるのだろうか、等等…不安な要素は数限りない。それを乗り越えてコンタクトを取っていただいく勇気にデサイナーは基本的に敬意を払わなくてはならない。そして、誠実にその念いに全勢力を尽くして応えなくてはならないと思います。
辻村 久信
投稿者 moonbalance : 23:32
Top > 辻村久信 > ホスピタルショウ2005
2005年10月03日
ホスピタルショウ2005
9月29日木曜日
今日は、岡部医院の岡部さんと幕張メッセでおこなわれている『ホスピタルショウ』を見に行きました。
現在、愛知県犬山市で『SARA』と名づける施設をデザインしています。
この施設は簡単にいうと”カフェレストラン併設の老人ホーム”となるわけですが、リタイアした人達がもう一度別の形で社会と関わりを持って社会に影響しされながら暮らすことが出来る病院に併設されたレジデンスであり、歴史的な町並みを守りながら犬山の街を活性させる”街創り”の一端をになう建築です。
『SARA』の話しはまた別の機会にするとして…
この施設設計で計画している介護用器具を実際に見て体験する事と新しい介護情報を得るためにホスピタルショウにでかけました。
車椅子にベッド、浴槽と実に様々な機器と考え方が存在しています。しかしどれもデザインがイマイチで「欲しい」と思えるようなものは無く(欲しいという衝動を起こさせることはデザインの一義です)、どうも介助される側より介助する側の論理で作られているようで…。
よく考えれば介助がしやすいということは、介助される側のサービスの質を上げることにも繋がる事になるわけですが、どこか共感が得られなかった。結局、最高の介護は人が人の為にその気持ちと身体を使ってすることしかないので、もう一度そこに立ち返ったうえでそれをさりげなく補助する機能を考えるほかない。やりすぎてはいけない。それと、介護される側にも様々な症状とリクエストがあって、その選択肢を広げていかなければならない。選択肢が多いということは豊かさを表すのだ。
辻村 久信
投稿者 moonbalance : 00:25
Top > 辻村久信 > 新しい建物を造ることについて
2005年10月02日
新しい建物を造ることについて
今日は07:22京都駅発の新幹線で三島から修善寺へ。
11:00から旅館(渡月荘金龍/宙SORA)の新しい食事處の建築関係者のキックオフミーティング。エントランスに空に向けて光の箱が宙に浮きます。来年の7月に出来上がります。
13:00からH邸の打ち合わせ。築40年近く前に旅館として建てられた鉄筋コンクリート造の建物を構造だけを残し全面改装して、ペントハウスを含む四層にリニューアルするもので、姉妹の住む二世帯住宅になる。妹(さっちゃん)は明日結婚式を迎える新婚(おめでとうございます!)。
僕は、やたら古い建物を壊して新しく建てることにそれほど重要性を感じない。出来るだけ今あるものを使いながら新しい暮らしを提案出来ればと思っている。むやみに新しい建築で街の景色を変えたくない。或は一介の建築家が街を変えることに傲慢に感じる。街は、そこに住む人達の日々の暮らしが総意となって創り出すものであると思うからです。だから新しい建物の依頼があってもなんとか既設の建物を使って要件を満たそうとしてしまう。ある意味建築家としては失格かもしれませんね。
辻村 久信
投稿者 moonbalance : 09:50
Top > 辻村久信 > MOONBALANCEのオープンデスク
2005年10月01日
MOONBALANCEのオープンデスク
事務所には常にオープンデスクといわれる人達が何人か居て模型を作ったりスタッフのアシスタントをしたりしている。大学の授業の一旦として来る学生の者ものもいるし、あるいは別の仕事をしながら来ている者もいる。多いときは10人近くのオープンデスクが事務所をうろうろしている。正直、あいつ誰?って奴もいて、業者の方かと思って丁重に挨拶をしてしまうことも…。
明るくてやる気のある人にチャンスを与えるのが目的です。
力のあるものもいるし、やめた方がいいというような人もいる。
今は、沖縄から来ている若者がシコシコと模型を作っている。
辻村 久信
投稿者 moonbalance : 09:54
Top > 辻村久信 > H邸の竣工式
2005年09月25日
H邸の竣工式
朝から事務所で新しいバーのコンセプトデザインとドアノブ(表示鍵)のデザインを考えて、10:09京都駅発の新幹線に乗り、愛知県新守山の住宅の竣工式に行く。
この住宅は普段ムーンバランスで設備設計をお願いしている事務所からの紹介で、まだ若い夫婦が夢をいっぱい持って始めて建てるものです。
クライアントの父親の仕事の関係(設備)で、施工業者も当初から決まっていて、良い意味でも悪い意味でも身内みたいな打ち解けた感じで仕事が進んだ。
出来上がりは、デティールに問題を残すものの暖かい明るい家でクライアントのように若々しいかわいらしい家になった。現場の近くの料理屋でその祝宴となる。施工業者の方々やクライアントのご両親もこられていて、これもまた打ち解けた感じでの打ち上げとなった。
僕たちの仕事はけっして楽しい事ばかりではない。どちらかというと想像したものを形にしてゆく作業は苦しみの連続である。楽しみは始めに何を創るか夢を膨らませるときと、出来上がったものを目にする時だけだ。
そんな仕事をどうして続ける事が出来るかというと「ありがとうございました」の言葉があるからで、人に喜んでもらっているひとの役に立っているという実感があるからです。
辻村 久信
投稿者 moonbalance : 00:17
Top > 辻村久信 > ALEGRIAを観てきました。
2005年09月23日
ALEGRIAを観てきました。
9月18日日曜日
ALEGRIAを観てきました。ドラマチックなサーカスということくらいしか前知識がなく、家族のイベントのひとつとしてチケットを買っただけでした。
唯一、今一緒に仕事させていただいている料理人が、「ものを創っている人間は必ず感動して泣きますよ」といっていたのを期待して観に行った。
結論からいうと、泣きはしなかったけど感動した。
見終わった後、その一瞬一瞬の場面が、まるで夢の記憶のように本当にあったことなのか?どうかわからない曖昧なままの感じの興奮だけが残った。
この感覚は、既視感(デシャブ)の逆のような、いつか必ずこの場面を思い出す事になるだろうという予感に似た想いを感じさせた。
このように形は残らないものの記憶には残るものに僕は強い魅力を感じる。それは僕たちの仕事が必ず形を必要てしているからで、またそれに引きずられる運命を背負っているからです。
辻村 久信
投稿者 moonbalance : 14:39
Top > 辻村久信 > 茨城の地鎮祭で…
2005年09月19日
茨城の地鎮祭で…
9月14日水曜日

茨城県日立市で住宅の設計をしています。
今日は、この家の地鎮祭でした。
こうゆう神様事は地方によって微妙に違いはあるものの一応にして神秘的なものです。
そもそも、地鎮祭は自然のもの(地)に人間が手を加えることに対する戒めと赦しをこい、工事の安全を祈願する政であると理解しています。
祝詞をあげて神様を此処にお呼びして、お願いをしてお帰りいただく。
簡単にはこのような流れですが、この目には見えない神様が今此処にいるような気配を感じるのは、多分こちらが日本人だからだと思います。
これは誰に教えられたものではなくても日本人の血の中に流れる何かがそう感じさせるのでしょう。
頭を下げ、地面を這う虫や蜥蜴を見ながら命の事を考え、
それらを含めた自然を支える大きな力の事を考えていました。
辻村 久信
投稿者 moonbalance : 10:39
Top > 辻村久信 > 辻村らしいって・・・
2005年08月31日
辻村らしいって・・・
「デザインは誰かのために何かをすることです。」いつも僕が言っていることです。どんなときでもデザインするときは、(それが不特定多数の人達に向けてのものであっても)誰かのことを考えて創ります。しかし、「そんなことはどうでもいいから、辻村さんらしいいものを創ってくれ」と言われることがたまにある。自分自身ではあれがしたいこれがしたいというような創作に対する欲望があまりない僕にとって、一番苦手なリクエストである。
また、辻村らしいって・・・どんなモノだろう?と考える。自分はその時々のクライアントの為に創っているわけで、自分で自分らしいモノを意識してデザインしている訳ではない。いくつかの作品に共通するモノを僕自身ではなく廻りの人達が共通項として感じているモノが辻村らしいモノなんかじゃないかと思う。そしてそれは、人それぞれ印象の違うモノであっていいと思う。
でも、最近、自分自身が思う辻村らしいモノってなんだろうと客観的に考えてみるようにしている。
辻村 久信
投稿者 moonbalance : 09:44
Top > 辻村久信 > 砺波市美術館から金沢21世紀美術館へ
2005年08月21日
砺波市美術館から金沢21世紀美術館へ
砺波市美術館の橋本文良さんの誘いをうけて同美術館の『子どもの造形アトリエ』のワークショップに娘(小学校二年生)と参加した。
塗装の養生シートを丸めて筒状にして数百メートルにして、風を送り込んで膨らませるというようなもので、いたって単純なものだかこれがやりだすと暑さも忘れて子供だけではなく大人まで夢中になる。
途中巨大シャボン玉を作ったり、風船を膨らませたり、紙飛行機を飛ばしたりと盛り沢山で楽しんだ半日間だった。
それから午後は橋本さんに金沢まで車で送ってもらって、かねてから行ってみたかった『金沢21世紀美術館』を観た。勝手に辺鄙なところを想像していたので兼六園のすぐそばであまりに町中なので驚いた(後でいきさつを聞いてなるほどと納得)。
人のデザインをどうのこうの言える立場にないのでコメントは極力控えるが、すごくクオリティの低さを感じた。でもそれは酷評ではなく、庶民的というか、アイドル歌手的というか、ちょっと崩しのカフェブームというか、ヘタウマの世界というか、今までの美術館にないポピラリズムを感じた。
現代アートをどれだけの人が理解しているかどうか(実際現代アートは理解とかするものか?)解らないけど、たくさんの人達で溢れていた。美術館が町の人達の日常の場となっているのがよくわかる。
砺波市美術館のワークショップも金沢21世紀美術館もアートが日常のものとなって美術館が町の生活の一部となってゆくことは素晴らしいことだ。
辻村 久信
投稿者 moonbalance : 21:25
Top > 辻村久信 > 終戦記念日によせて
2005年08月19日
終戦記念日によせて
十年前の8月15日、僕はバリ島にいた。
二週間ほどの予定でバリ島にある(離島も含めて)アマンホテルをみてまわる旅をしていた。
図らずも終戦記念日を元日本の占領下にあった地で迎えることになる訳だけれど。それに気ずくのは町中の至る所に貼られている独立記念日を祝うポスターや垂れ幕等によってだった。そのショッキングな赤色に、なぜか反日のムードを勝手に感じ取って、なんだか肩身の狭い思いをしていた。
その時アテンドしてくれていた日系の女性にその事を話すと、僕の知らない終戦当時の話しをしてくれた。
そもそも17世紀以降オランダの植民地であったインドネシアを日本軍はそのオランダを追い出すかたちで占領下に治める。しかし、日本の敗戦が決定するや、再びオランダによって植民地下を目論む侵略が始る。それに抵抗したインドネシアの人達を決起させたものは、同じ小さな島国である日本が世界の大国を相手に戦った、結果敗れたにせよその現実だったという。
また敗戦後、帰還命令の出ていた日本軍兵士の約3割がインドネシアに留まりインドネシア軍としてインドネシアの人達と一緒に戦ったという。今もその時の何人かの元日本兵はこの地に残っていてインドネシア政府から独立の英雄として手厚く生活保護されているという。日本という国はかれらにとって英雄の国であり憧れなのである。
僕たちは戦争というものを話しの中でしか知らない。知識として知っているつもりでいる。しかしその歴史は一方的で偏見に満ちているように思う。
国によって、語る人間の立場によっていろんな側面があって、その見方はどれも真実である。
靖国参拝を非難する中国や韓国、それを肯定する日本政府もおなじで、唯一は広い意味でゆるしあう事ではないかと思う。
終戦記念日に思った事です。
辻村 久信
投稿者 moonbalance : 15:09
Top > 辻村久信 > 黒川勉の死
2005年07月31日
黒川勉の死
独立して間もない頃、新宿のOZONEギャラリーで「辻村久信の家具」というタイトルで小さな展覧会をさせていただいた。当時僕と同世代で独立したばかりというデザイナーが沢山きていただいた。結局それを機会に今もつきあいの続くデザイナー達が沢山居る。その中の一人が当時Hデザインの黒川勉だった。身銭を切って自分のデザインの家具を創りポートレイトを作って若手のファッションデザイナーにプレゼンテーションして廻るというような事をしていると話していた。僕には到底出来ないポジティブさに驚いた、そしてその目の奥にある純粋さに眩しい輝きを確信していた。
あれから10年、いくつもの作品を発表して、僕たちはデザイナーとして何とか知られるようになった。僕たちはそれなりにデザインの力を信じ、それなりに戦って生きて来た。でも、僕たち同世代のデザイナーはいったいなにものと戦っているのだろう。
時々解らなくなる。結局とてつもなく大きなナニモノかに操られているだけで何も変わらない無力感にさいなまれるときがある。
黒川勉の死は僕にそんな想いを起こさせる。
辻村久信
投稿者 moonbalance : 15:06



