JCD創立50周年記念誌

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商環境設計家協会JCDの50周年記念誌で執筆致しました文章を、ご紹介させて頂きます。

この十年を振り返って、いささか主観的ではありますが、日本のデザインの流れを整理し、未来に向けての提言の様なものを考えました。


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日本環境設計家協会創立50周年記念誌 店舗デザインの変遷20002010
21世紀環境主義の時代 「インテグレーション(全体統合化)の時代」

バブル経済崩壊後90年代は、新しい価値基準に向かって様々な試みがなされた。しかし、どのコンセプトもその方向性を見いだすことができず混沌とした中で迎えた新しい世紀である。そういった意味で20002010年は20世紀を引きずったままの10年であったように思う。ただ、その時代の中でも次世代を予言するデザインの芽は成長を続けていたようである。

 90年代半ばから始まったダイニングレストランブームが2000年に入ってもインテリアデザインを牽引していた。デザインの表現としては"反(アンチテーゼ)"を唱えることを前提にした前時代の表現から、社会問題や政治的な動向を包括しながら、デザインが経済の手段として明確な存在意義を示すようになっていった。

しかし、それと同時に、消費に寄り添うことを余儀なくされ、ポピラニズムの中にデザインが埋没されてしまう危険性を孕んでいた。そして飲食空間のデザインは、「癒し」や「柔らかさ」を象徴する時代のムードを汲み取るカタチで、そこから「まったり」とカフェブームへ移行する。これは、いわゆる80年代のグラフィックデザインの「ヘタウマ」と称されるアンチプロフェッショナルな表現に似ている。頑張らなくても良い、消費者にとっての等身大のデザインは「カワイイ」という呪文をかけられて、デザイナーから少しずつメッセージ性を奪いながら街を席巻したように見えた。

2005年以降、都心部では地価の下落と再開発により、コンラッドをはじめとする外資系の超高級ホテルが数多く建築され、それに伴い劇場型ダイニングレストランのデザインの延長線上にあるような華やかなインテリアデザインが数多く発表される。しかしそれらはどちらもビジネスとしてはある程度の成功を収めたものの、そこからは90年代を超える新しいメッセージが生まれることはなかった。

一方で、デザインの表現の場は商環境にとどまることなく、その領域を徐々に拡大させていく。

それは、単純な経済成長というベクトルから離れ、人間/社会/環境といったコミュニケーションに価値を見いだし、持続可能な社会創りへとパラダイムシフトしていく方法論として、デザインの可能性が大きく変わろうとする予兆でもあった。そういった意味で21世紀の幕開けの年に発表された近藤康夫(近藤康夫デザイン事務所)の東証アローズは、情報のコミュニケーションを可視化することで空間デザインの可能性を語る印象深いデザインであったし、オフィスや教育機関等の公共施設へのデザインはコミュニケーションツールとして新たなフィールドを開拓していった。

グローバルな視点で俯瞰してみると、プロダクトデザインをメディアとするインスタレーションや会場構成を中心に日本のデザインが注目を集める。中でも吉岡徳仁(吉岡徳仁デザイン事務所)の創る実験的ともいえる空間表現は、それまでの日本のデザインに期待された東洋のエキゾチックな文脈とは一線を画して、日本人の持つ文化を背景にテクノロジーと情緒を明確なロジックで発信し共感を得ている。2001年に発表された紙の椅子「Honey-pop」、SWAROVSKIのフラッグシップストア「SWAROVSKI GINZA」のデザインなど、彼の仕事のカテゴリーはインテリアデザインにとどまらずプロダクトデザインから建築に至るまで様々な領域の表現方法を横断している。これは2000年以降にデビューする多くのデザイナー達に共通して言えることである。

この傾向は、70年代生まれの多くの建築家たち、例えば佐藤オオキ(nendo)・鈴野浩一と禿真哉(トラフ建築設計事務所)・中村竜治(中村竜二建築設計事務所)・石上純也(石上純也建築設計事務所)などの作品にも見ることができる。

彼らは、建築の領域を超えて(はたまたそれを建築と称するが如く)、プロダクトデザインや商空間を軽やかにインターナショナルな場で発表し、デザインのチャンスを得る。彼らのデザインに共通するものは、経済を最優先したマスプロダクトや建築という箱ものに身体をあわせるのではなく、人の手から人の手に伝わるリアリティーのあるデザインであることだ。単に「カッコイイ」とか「美しい」などの曖昧な表現を嫌い、その表現に至る明確なロジックを伴っている。そのロジック(語れるデザイン)が人々の琴線に触れ、メッセージとして伝わっていくのであろう。そして、最も重要なことは、それらのデザインが使い手であれ、作り手であれ、他者を思いやる愛情にあふれていることである。

すべてのものに有限性があるということが明らかになった今、個人の欲求より地球規模の公益を優先することが持続可能な社会を作ることとなり、強いてはそれが個の豊かさに繋がる。他を思いやる心「利他」が生み出す社会は、サスティナビリティを形成してゆく。そしてその行為の深層は日本人が既にもっている文化や情緒に合致するところが大きい。また、軽やかに異文化を凌駕して自国のオリジナリティーにまで昇華してしまう日本人の能力は他の民族にも負けないものをもっている。

もし、今後そういった日本のデザイン思想がグローバルスタンダードとなることとなれば、そしてその能力を発揮し世界を牽引していくことができれば、人類は持続可能な社会を創る事ができるのではないかと感じる。

20002010年は、「21世紀環境主義の時代」に向けて、デザインという手法が有効であるということを案じさせる新世紀の始まりの10年である。


(辻村久信)

震災に向けて04

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"分をわきまえる""分を知る"という事を人類は今一度考える時にきている。
自己を知る事は、他を思いやる事に繋がる。
そして、自然と共生する"強さ"に繋がっていく。

(辻村久信)

震災に向けて03

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人類の進化は「火」熾す事から加速度を増し、多くの富を得てきた。
しかし、その「火」をいつの間にか人類は制御する事ができなくなっていた。
3・11以降のデザインは制御する事ではないか?と考えている。

(辻村久信)

震災に向けて02

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私たちデザイナーにとって表現の場は、もはや産業だけでは成り立たない。
自然の一部として人類、その進化のベクトルを皆が解る共通言語を探し出し、問題提議しながら、メッセージを発信し、共に築く事にある。

(辻村久信)

震災に向けて01

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太古より歴史経験から人類は学ぶ事を忘れてはならない。
自然を恐れ敬い生かされている事実。
そして、その一部として共に生きていく"共生のデザイン"を私たちは学ばなくてはならない。

(辻村久信)
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USTREAMというインターネットテレビがあります。YouTubeのライブ版みたいなものですが、ソーシャルネットワーク(Facebook等)を利用して視聴者とライブでコミュニケーションできるところが新しいメディアです。

私達の世代には、70年代ディスクジョッキーが主役のラジオの深夜放送をコンピューターを使って再現した様に感じます。そのUSTREAMのKYOTO NET TVに出演します。

「京都夜話×帰れま1000(せん)」というタイトルで、杉木源三さん、大衡秋逸郎さん達と京都のインテリアデザインについて時代の裏話も含めて話をします。かつての都である京都は、今やローカリティーの雄になりつつあります。したたかに、時代を泳ぎ回る京都のものづくりの現場をインテリアデザインという切り口で、楽しく話せればと思います。
タイトル通り、累積視聴者が1000人を越えないと帰れません。ぜひ、ご覧下さい。

(辻村久信)



■KYOTO NET TV(京都ネットティービー)
ちょっと違った視点から京都を紹介。ほぼ隔週末で配信。



vol.19「京都夜話×帰れま1000(せん)」
日時:8月28日(日)20:00〜

出演
杉木源三氏/スペースデザイナー
 http://www.gen-3.jp/
大衡秋逸郎氏/デザイナー
 http://www.gridgraphic.jp/
辻村久信/デザイナー,京都造形芸術大学教授
 http://www.tsujimura-hisanobu.com/ 

Personality
コハダ@cohada
京なう@kyonow
Ustreamer:ちぃ@ulahik


☆また、前回の和空特集の録画も当サイトでご覧頂けますので、こちらもどうぞご覧下さい。

祇園ホテル隣の石の2階にある喫茶店

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京都の八坂神社の石段下、祇園ホテルの隣の石の2階にある喫茶店です。

僕の学生の頃からあるので、ずいぶん昔からこのデザインのままあります。

この素材の力強さとこの有機的なフォルムが何とも60年代のジャパニーズモダンを彷彿とさせます。時間を経た「味わい」のようなものは感じますが、決して古さは感じません///というか商店建築の来月号に載っていたとしても不思議ではありません。デザイナーは誰だろう?大学のヤギタカシ先生に聞いてみたら、建築は三澤建設設計事務所ということでしたが、インテリアデザインがこの設計事務所なのかまでは定かではありません。

この様に商業建築が変わらず存在し続けることは非常に稀です。それは、その空間を維持していく為の環境、最低限の経済状況も必要ですし空間を所有するオーナーの意識も必要です。結局、クライアントの愛情と経済がインテリアデザインの寿命を決めるのです。クライアントは偉大だな。

そういえば、博多の吉村順三先生の設計された「河庄本店」に行った時もこの様に感動したなあ。




(辻村久信)

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普段なにげなく使っている"民藝"という言葉は、宗教哲学者、美術研究家で民芸運動の主 唱者でもあった柳宗悦(やなぎむねよし)の作った造語である。

大正時代、ファインアートではない、日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の中に「用の美」を見出そうとする民藝運動は、21世紀の現在でもコンセプトは色褪せず、活動が続けられている。


民藝館には展示されている作品の詳細な説明はありません。

「知らば見えじ、見ずば知らじ」

モノの背景を知ってしまうと本来の姿を見失ってしまう、虚心にモノを眺める事によって、日常の美を体感してほしいという柳宗悦の言葉どおりの半ばぶっきらぼうともとれる展示風景です。しかし、そこには確実に生活の中から生まれる機能が豊かな美しさと共にあって、力強いメッセージを感じる事ができます。


デザインは言葉では語れないものを形や色空間を使って他に伝える事のできるコミュニケーション手段です。




(辻村久信)

1970のうなじ

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「EXPO70」が大阪万国博覧会跡地にある前川國男設計の鉄鋼館で開催されている。

万博は僕にとって、ウルトラマンやゴジラ等の「空想科学もの」も霞んでしまうほどの魅力的な超現実だった。

巨大ロボットデメとデクを従えて超未来的なお祭り広場の屋根の真ん中を突き抜けて建つ「芸術=太陽の塔」は正にその象徴で、しかも、その内部は「生命の樹」と称したタイムマシーンだったから気を失いそうなくらい興奮した。
思い返せば僕の創造の原点はここにあると言ってしまえる。

今、明るい未来に向けて光線を発し続けていた太陽の塔を解体されたお祭り広場から見上げると、明るい事なんて何ひとつ見えてこない現実に茫然と立ち竦んでいる様に見えるのは僕だけだろうか?


(辻村久信)

テロと信仰

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宗教は自己完結でありながら全てと一体になることである。

神なり仏なりその対象となる宇宙は全て己の中にあり、それを見つけることが悟りである。悟りを得るための手助けとしての方法があり、それが様々な宗派をつくるのである。


テロといわれる大量虐殺の報復として、コーランを燃やそうとする人達がいる。

どの教典のいかなる箇所にも他を傷つけて悟りを得られるとは教えていないはずであるにも関わらず、全ての宗教戦争がその教義を湾曲させて政治的/組織的/個人的利害の為に行われてきた。


他を排除する事で、悟りを得られるなら、きっと人は絶滅する運命にあると言わざる得ない。


憎むべきはテロであり宗教では無い。



(辻村久信)

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