椅子職人の橋本勝己さんのこと

2006-01-31

椅子職人の橋本勝己さんが亡くなった。

二十年前、僕に椅子の作り方のいろはを教えてくれた親方だった。
木が好きで木のことがよく解っていて、ボンドを信じず"にかわ"を使い、一本のビスさえこだわり、自分で作っていた。
木の反る方向が解って組まれた椅子は、作られたその時よりも時間が経つほどにその強度を増す。それはもう今となっては伝説である。
仕事場に行くといつも椅子の話しを聞いて、息子と娘の自慢話しを聞いて、近所の"蛇の目"という寿司屋でご馳走になった。
いつも駆け出しのデザイナーの無理難題を「しゃぁないなぁ」と聞いてくれた。

橋本さんの作った椅子は、世の中にどのくらいあるのだろうか?
皇室をはじめ公の場にも数限りなくたくさんあるはずだ。
彼の偉大な業績に比べると、その葬儀はひっそりとおこなわれた。
盛大な葬儀がその人間の価値ではないが‥それは、あまりにも切ない葬儀だった。

もう二度とあの椅子は作れない。
残念な事に彼の意志も技術も継ぐ者はいない。
辻村久信

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